旅は続くよ、むしろこれから・一
結局、楊鷹は銭秀らをごまかすことができなかった。黎颫と施鵬の尋常でない様子も、そんな輩と対等に打ち合う楊鷹も、毛翠が話すところも、すべて目撃してしまった。しかも、黎颫との戦いの最中に頬に貼っていた膏薬が取れてしまっていたようで、罪人の刺青にもばっちり気づかれるというおまけまでついてくる始末。最早、言い逃れはできない状況であった。
己は罪人であること、護送の途中で毛翠に出会ったこと、彼が神仙で己の父親であること、そして、藍州を目指して旅をしていることなど、楊鷹はこの数日間の出来事を買いつまんで説明した。
神仙という突拍子のない話に関して、初めは「信じられない」と呆然としていた銭秀たちであったが、目の当たりにしたからだろう、最終的には信じてくれた。出会って一日、さほど親しくもない――そうでもないのかもしれないが、それについてはあまり触れたくない楊鷹である――人間の突飛な話を信じてくれるだなんて、彼らはかなり気持ちの良い人物である、と楊鷹は思ったのだった。罪人であることに関しても、銭秀たちはさして気にしなかった。彼らも山賊、同じような立場にあるので、気にするわけがなかった。
あれこれ話していたらすっかり日が暮れてしまい、その日は山に泊まることになった。「旅の成功を祈って」と、銭秀たちは昨日に引けを取らないほどの宴を開いてくれた。しきりに酒を勧められたが、楊鷹は全力で断った。毛翠は酒を飲みたがり、その正体を知った銭秀は彼に酒を勧めたが、楊鷹はそれも断固阻止した。
と、そうしてねんごろにもてなされた後、楊鷹と毛翠は、かつて宿坊だった一室に通された。
蝉たちはすっかり静まりかえり、代わりに落ち着いた虫の声が夜の底でささやき合っている。闇に包まれた山の暑さは穏やかで、心地好い。寝苦しさとは無縁の夜だ。しかし楊鷹の目は冴えていた。寝台に寝転んでいるものの、全く眠れそうにない。昼間の戦いの興奮が、尾を引いているようだった。
隣から寝息が聞こえてくる。楊鷹はそちらに頭を向けた。
毛翠が眠っている。月明かりに照らされた彼の寝顔は、なんとも暢気であった。口は半開きで、少々よだれもたれているようだ。神仙に追われているのが嘘のように、まるで緊張感がない。こうなると、父親の影は跡形もなかった。
ぼんやりとそのあどけない寝顔を眺めていたら、楊鷹はふと昼間毛翠が言っていたことを思い出した。
(俺が生まれた頃、あの頃も芳しくなかったから、俺と母上を守るために仙器を頼んだと、そんなことを言っていたな……)
「あの頃も芳しくない」とは、恐らく楊鷹が生まれた頃も神仙に追いかけ回されていた、ということだろう。
では、どうして神仙に追われていたのか。
静かな闇とやけに冴えた頭が、楊鷹を思考の海へと誘う。
(何か、してはいけないことをしたのか……)
そう思った時、また楊鷹は昼間言われたことを思い出す。今度は莫志隆の言葉だ。彼は言っていた。桃李虚の神仙は、半人半仙を嫌っていると。
と、いうことは、毛翠がしでかした、してはいけないことというのは。
楊鷹の頭の中が、波立つようにざわついた。楊鷹は毛翠から顔を背け、小さく鼻で笑った。
(俺が生まれるから……だから神仙から追われていたなど、そんなわけがない)
桃李虚の神仙は半人半仙を嫌う。ならば、「楊鷹」という存在そのものが問題となるのではないか。
しかし、桃李虚の神仙が半人半仙というだけで憎むと言うなら、楊鷹は今までにも神仙に襲われているはずだ。だが、楊鷹は毛翠に再開する今の今まで、神仙と呼ばれる存在に遭遇したことは無かった。
だから、楊鷹自身が原因で毛翠が追われていたのだとしたら、辻褄が合わない。
(そんなわけないんだ……)
楊鷹は言い聞かせるように、内心で繰り返す。ところが、そう思おうとするほど、胸騒ぎを覚えてしまう。
ごろりと寝返りを打って毛翠に背を向けると、楊鷹は目を閉じた。
まだ醒めていた。まぶたを透ける月の光が、いやに明るく感じる。
楊鷹は薄目を開けた。
(もしかして、俺が今まで無事なのは……)
もしかして、知らないところで毛翠が守ってくれていたのか。そうだとしたら、もしや彼が突然姿をくらましたことと何か関係があるのか。
またよみがえってくる、「守れると思った」という、毛翠の言葉。
楊鷹は急に怖くなった。これ以上考えたら、きっと気づきたくないことに気づいてしまう。とっさに眼前の淡い月影から、天井の隅の闇だまりへと視線を逸らす。光はいらない。そんなこと何も見えなくていいし、知らなくていい。余計なことは、考えないようにするべきだった。それが、楊鷹にとっての最善だ。
毛翠が何か寝言を言っている。楊鷹がよく知っている人の名前を呼んでいる。
楊鷹は再度目を閉じると、ただひたすら虫の声に耳を澄ました。




