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小仙奇譚  作者: 平井みね
第一章
36/131

黒い嵐の再来・五

 莫志隆(ばくしりゅう)は「穴」と言っていたが、実際は隙間と言った方が正しかった。入ったらすぐに幅が狭まり、しばらく行けば光が無くなり真っ暗になる。それでも、楊鷹(ようおう)は身を縮こまらせながら、できるだけ早く足を動かした。

 もどかしい気持ちを募らせながら、ようやっと隙間を抜け出る。刹那、陽光がぱっと眼前にひろがり目がくらんだ。とっさに手で覆いを作って、数度瞬きをする。目が慣れてきたところで辺りを見回せば、銭秀(せんしゅう)と話をした御堂の近くであることに気がついた。斜面の上に、見覚えのある緑色の屋根が見える。あれは御堂の裏にある、伽藍(がらん)の裏門だ。あの小さな門を通って、山中へと入ったのだった。

 莫志隆と出会った空間と、どこがどのようにつながっているのかさっぱりだが、そんなことはこの際どうでもよい。

 楊鷹は木々が茂る斜面を急いで駆け上った。そして、裏門をくぐったところで、声が響く。


「あー、もう! 犬いるんでしょ! さっさと出せー!」


 かんしゃくを起こしたかのような少女の甲高い声。まざまざと聞き覚えのある声に、楊鷹は肝が冷えた。

 黎颫(りふ)だ。あの凶暴な少女がいる。

 とっさに足を速めて、楊鷹は御堂の(おもて)へと向かう。

 御堂の正面では山賊たちが人だかりを作っていた。その人の塊の合間にちらつくのは、赤いあげまき頭。間違いなく黎颫(りふ)である。さらに黎颫(りふ)の向こうでは、門と神像が無残に崩れ、地面に瓦礫が散らばっていた。

 漂う空気は緊張感、というより混迷。屈強な男たちの群れは、落ち着きなくざわついている。


「犬って言われても、何のことだが。俺たちは知らねぇよ」


 銭秀の声がした。続けて、再び黎颫(りふ)の叫び声が響く。


「嘘つき! もう我慢できない!」


 黎颫(りふ)が背後に手を回した。

 楊鷹の肌がざわりと粟立つ。


「待て!」


 とっさに楊鷹は叫んだ。

 さざめきがぴたりとやむと同時に、山賊たちが一斉に楊鷹の方に振りかえる。

 楊鷹が進んでゆくと、山賊たちは体をどかして道を作った。

 黎颫(りふ)の姿が露わになる。三日前とは異なり、少女は質素な淡黄色の衣を着ていた。格好は異なるが、それでもやはり可憐な見た目であった。

 楊鷹は表情を引き締めると、黎颫(りふ)に向かって進み出る。


劉三(りゅうさん)……?」


 背後から声を掛けてきた銭秀を、楊鷹は手で制した。銭秀はすぐさま口をつぐむ。

 楊鷹は眼前の少女をまじまじと見た。

 彼女は間違いなく生きている。間違いなく腹を真っ二つにしたはずだが、足と胴体はきっちりつながっている。今はすっかり静かだが、先ほどまでは大声で叫んでいた。どうすれば、あの惨状からこの状態に戻れるのか想像もつかないが、とにかく彼女は確かに生きている。


「誰……?」


 黎颫(りふ)がぼんやりとつぶやいた。どうやら、楊鷹を認識できていないらしい。初めて会った時は襤褸(ぼろ)くずのような着物を着ていたが、今は人並みの格好をしている。そのために、分からないのだろうが、そんなに面影がないのだろうか。黎颫(りふ)は目をまん丸にして、ぽかんとした表情を浮かべていた。

 さて、なんと声を掛けたものか。楊鷹は思案する。

 黎颫(りふ)の細い体ごしに、大振りの刃が二つ見える。しっかりと仙器の斧を持っているようだが、あれを使わせたくない。楊鷹は彼女に対する有効な武器を持っていないのだ。可能であれば、大人しく退いてもらいたいところである。

 しかし、恐らくそれは難しい。「邪魔だから」という理由で狙いとは別の人間をあっさりと殺し、明確な殺意を持って楊鷹たちに襲い掛かって来た黎颫(りふ)である。その真っすぐすぎる直情を言葉でやり込めるのは、そう簡単ではないだろう。しかも、楊鷹と毛翠をしつこく追いかけてきたのであれば、なおさらただで退くわけがない。

 一戦交えることは避けられないのだとしても。いや、そうであるならばなおさら無関係の人間は巻きこめない。


(とにかく、銭秀たちから気を逸らさなければ)


 楊鷹は頭巾を脱ぎ捨てると、地面に放った。若白髪のような灰色の髪が露わになる。


「用事があるのは、俺じゃないのか?」


 楊鷹が半歩前に出ながら言うと、黎颫(りふ)は表情を一変させた。どうやら、楊鷹のことを思い出したらしい。目を吊り上げて、小振りな鼻の頭に皺を寄せる。

 

「お前! わたしの腹ぶった斬った奴!」

「思い出したか」

「思い出したよ! めちゃくちゃ痛かったんだからね!」


 そう言うと、黎颫(りふ)は「あーもう!」と叫んだ。途端、彼女は歯をむき出して眼光鋭く楊鷹を睨みつけると、さっと二丁の斧を手に取った。殺意が膨らむ。可憐な少女が一転、獰猛な獣へと変貌した。

 ぞわり、と楊鷹の足元から寒気が立ち昇り、一瞬で頭まで上り詰める。

 黎颫(りふ)が地を蹴った。


「おらぁっ!」


 気合いのこもった雄たけびとともに繰り出された斧を、楊鷹は身を捻ってかろうじてかわした。

 周囲の山賊達が、わっとどよめく。


「またまたまた、外れ……!」


 黎颫(りふ)は苦々しい声でつぶやきつつ、今度は斧を水平に薙ぐ。楊鷹は素早く反応し、後方に大きく跳んで逃れた。

 続けざまに攻撃を外した黎颫(りふ)は、あからさまに舌を鳴らす。


「本当に嫌な奴! もう倍にして返す! 絶対殺す!」


 高い声は少女のままであったが、しゃべっている内容は物騒極まりない。

 戦いは避けられないと考えていたが、こうも早速仕掛けてくるとは。楊鷹は舌を巻いた。神仙少女の凶暴さは、今日もまったく曇っていない。

 黎颫(りふ)の視線は楊鷹に向いている。しかし、銭秀や山賊たちは未だこの場に留まっていた。皆、緊張の面持ちで楊鷹と黎颫(りふ)を見ている。

 楊鷹は素早く剣を引き抜いた。

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