表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小仙奇譚  作者: 平井みね
第一章
34/131

黒い嵐の再来・三

「なぜだ! わしのために一振り打ってくれたのだろう!」


 すかさず毛翠(もうすい)が大声を上げると、莫志隆(ばくしりゅう)はうっとうしそうに手を振った。


「ことが余計にこじれてちゃ、渡せねぇな。仙器を振るうのは、お前じゃなくて息子の方だろう?」

「それがなんだと……」


 突然、莫志隆が勢いよく槌をかなとこに叩きつけた。鈍い大きな音が、毛翠の言葉を遮った。


「大問題だろうが。あの息子に仙器を渡して、桃李虚(とうりきょ)のやつらに目を付けられるのはごめんなんだよ」


 そう言う莫志隆の声は、不快感に満ちていた。

 気圧されたのか、毛翠は黙りこむ。莫志隆は大人しくなった赤子の手を掴むと、ぐいと引っ張った。


「つうか、俺は始めっから手前(てめぇ)に兵器を打つのは嫌だったんだよ。ほら離せ」


 しかし、毛翠は手を離さなかった。それどころかさらに莫志隆に体を寄せて、不愉快そうな顔を下から覗き込む。


「桃李虚に攻め込む気はない。楊鷹(ようおう)は、間違った使い方はしない」


 やけにきっぱりと、毛翠は言った。楊鷹は喉の奥が詰まるのを感じた。

 二人がなんの話をしているのか、今一つ要領を得ないが、毛翠のその言い分は今の楊鷹には少々こたえた。毛翠に対して「信じられるか」といった楊鷹のことを、毛翠は信じている。そんな物言いだった。強烈に、いたたまれなくなった。


「……へぇ。間違った使い方はしない、ねぇ」


 莫志隆はおもむろに毛翠の言葉を繰り返す。

 楊鷹ははっとした。莫志隆のまとう雰囲気が変わった。不快感ではなく、鋭利。鋭い刃物を突きつけて尋問でもするような、厳しい空気が漂う。

 楊鷹の武人としての勘が働く。居ずまいが悪いのは事実だが、その気持ちに囚われているのはだめだ。莫志隆がまとうあの空気、油断してはならない。楊鷹は気を引き締めて、二人の神仙のやり取りに注意を払う。


「どうしてそう言いきれる?」


 莫志隆は毛翠をまっすぐ見つめながら問いかけた。毛翠はその視線を真っ向から受ける。


「欲や野心にまみれていない」


 やはり、きっぱりとした毛翠の口調に、楊鷹は胸の奥がむず痒くなった。けれども、そのまま引っ張られそうになるのをどうにか我慢する。今は心を研ぎ澄まさねばならぬ時。莫志隆と毛翠から気を逸らしてはならない。


「その証拠は?」


 鋭い口調で莫志隆は問いを重ねる。

 すると、毛翠はあっさり視線を泳がせた。


「証拠? 証拠は、ええと……」


 毛翠は落ち着きなくきょろきょろとあたりを見渡した。そんなにあちこち見たところで、証拠など無いだろうに。

 案の定毛翠は答えを見つけらなかったのか、しきりに頭を巡らせただけで何も言わない。

 炎がぱちぱちと爆ぜる音が聞こえる。莫志隆が槌でかなとこの端を二度叩いた。


「証拠がないなら、この話は終いだな」


 莫志隆が勢いよく立ち上がる。毛翠が地面に転げ落ちる。しかし、それでも赤子は叫んだ。


「いや、証拠ならある! 楊鷹は小さいころ臆病でな、夜中用を足しに行くのが怖くてよくおねしょ……」


 楊鷹の緊張感が緩む。否、それどころか砕けた。油断してはならないだの心を研ぎ澄ませるだの、そんなことはすべて吹っ飛び、体が動く。

 楊鷹はすかさず毛翠のもとに駆け寄ると、ぱっと抱き上げて口をふさいだ。毛翠がもごもごと何か言おうとしているが、一体、何を言おうというのだ。彼の言おうとしたことは、見当違いも甚だしい。

 盛大なため息が聞こえた。楊鷹が視線を向ければ、ぽりぽりと顎を掻く莫志隆の姿があった。先ほどまでの鋭利な雰囲気は消えている。

 もはや毛翠には任せておけなくて、楊鷹は思いきって尋ねた。


「あの、お尋ねしてもよいでしょうか?」


 莫志隆がちらりと視線を投げてくる。それを了承とみて、楊鷹は続けた。


「頼んだものというのは、仙器のことで間違いないでしょうか?」


 莫志隆はぼさぼさとした眉をひそめつつも、「そうだ」と返事をした。

 楊鷹はさらに問いかける。


「何故、いただけないのでしょうか? その、間違った使い方とは、一体どういうことなのでしょう?」

「大昔、人と神仙の間に生まれた輩が、仙器を手に桃李虚に殴り込みをしたことがあるんだよ。以来、桃李虚の奴らは半人半仙という存在を嫌っているんだ。神仙の力に加えて、欲にまみれた人の心を持っている、厄介な存在だってね」


 莫志隆は眉間のしわを深くさせると、楊鷹に向かって槌を突き付けた。


「だから、俺はあんたに仙器は渡したくない。万が一にでも桃李虚に乗り込んで神仙狩りみたいな真似をされたら最悪だ。俺も罪を問われる」


 楊鷹は苦虫をかみつぶしたかのような、嫌な気持ちになった。手に力がこもる。

 薛用(せつよう)から化け物と言われた。薛用だけでない。人離れした能力のせいで、気味悪がられたことなど、これまでに何度もあった。

 そして、かたや神仙からも嫌われる。半人半仙は神仙に害をなす存在だと、決めつけられている。

 人間でもなく、神仙でもない。だから、どちらからも邪険にされる。化け物であるつもりもなければ、仙境を襲う気だってないというのに。


(半人半仙だから、なんだというんだ……)


 また、楊鷹の胸のうちで幼い頃の影が揺れる。

 誰かが手を叩く。楊鷹が慌てて手元を見れば、毛翠が苦しげに眉を潜めてじたばたともがいてる。楊鷹はぱっと毛翠の口元から手を離した。

 開放された毛翠は大きく息を吸うと、じろりと莫志隆をねめつけた。


「だから、こいつはそんな大昔の奴とは違う」


 楊鷹に文句も言わずに、毛翠はまたそんなことを言う。

 楊鷹は毛翠から目を逸らし、莫志隆を見た。莫志隆は気だるそうに、指で耳の穴をほじっている。


「そうは言っても、あの人間の女とのガキなんだろ? 半人半仙であるのは間違いない」


 楊鷹はかちんときた。「あの人間の女」とは母のことだ。その母を侮辱するような口調と態度だった。


「桃李虚を襲うことなど、まったく考えていません。ただ身を守るために仙器が必要なんです」


 努めて冷静に、楊鷹は言い返した。

 莫志隆は耳から手を離し、目をすがめた。


「ほーう。仙器を間違いなく使える自信があると?」


 悔しさから言い返した楊鷹であったが、今度は答えに詰まってしまう。

 黎颫(りふ)の斧を振るった時のことを思い出す。肉も骨も、いとも簡単に断ち切った、狂気を感じるほどのあの切れ味。

 桃李虚に殴り込みなど、そんなことをする気がないのは本当だ。仙器が必要な状況なのも分っている。だが、「仙器を間違いなく使える」かと問われれば、迷いが生じた。

 大きすぎる力を使うには、それに振り回されないように上手く操らなければならない。そのためには、その力に揺らがない心と体が必要だ。人間離れしている楊鷹は、母からそう何度も教え込まれた。だからこそ、その難しさも知っている。

 莫志隆は何も言わない。楊鷹にじっと視線を注ぎ、答えを待っている。

 けれど、楊鷹は答えられない。その場しのぎの言葉すら思い浮かばない。

 楊鷹が黙ったままでいると、やがて莫志隆の方が「ふむ」と声をもらし、そのまま口を開いた。


「……こういうのはどうだ? ひとつ俺と手合わせをしてみようじゃないか。それで、あんたの力量を図らせてくれ」

「待て、お前とやり合うのか?」


 楊鷹に向けられた問いかけであったが、毛翠の方が先に答えた。


「別に殺し合いをするわけじゃねぇよ。得物だって、普通の人間の剣だ」

「そんなことをせずとも、楊鷹は間違えぬといってるだろう」

「言葉だけじゃ信用できねぇんだよ。だから、確かめさせろ」

「だから、そもそも確かめる必要もない。楊鷹は……」

「おうおう随分な親馬鹿だな。だが、生憎俺はこいつの親でも親戚でもねぇんだよ」


 また毛翠と莫志隆が言い合いを始めた。

 楊鷹は少しいら立ちを覚えた。一人仙器について真剣に考えているのが、馬鹿らしくなってくる。

 本当に毛翠も莫志隆も勝手だ。やれ間違った使い方はしないだの、やれ半人半仙だから駄目だの、手合わせさせろだの、その必要はないだの、当の仙器を持つ本人のことは差し置いて、好き放題に言っている。


(俺のことなど、何も知らないくせに)


 そう思ったら、楊鷹は無性に悔しくなってきた。勝手に語るな、勝手に決めつけるな。

 楊鷹は表情を引き締めると、明瞭な口調で呼び掛けた。


「莫志隆殿」


 言い争いがぴたりと止まる。いかにも気だるげに、莫志隆はぬるく首を回して楊鷹を見る。

 毛翠が口を開きかけたが、それよりも早く楊鷹は言った。


「手合わせをして認めていただければ、仙器をいただけるのでしょうか?」

「ああ。やるよ」


 莫志隆はきっぱりと言った。

 楊鷹は腹を決めた。


「分りました。相手をさせてください」

「楊鷹! やらずともよい!」


 すかさず叫んだ毛翠を、楊鷹はじろりと見下ろした。

 何故、毛翠は莫志隆との手合わせをこんなにも止めるか。もしも、楊鷹が莫志隆には敵わないと考えているのだとしたら。


(侮りすぎだろう)


 自分だけでなく、母のことも見くびっている。母が優れた武人であったことなど、知っていただろうに。信頼しているような言葉を繰り返していた毛翠だが、そうでもないのかもしれない。

 ひねくれた考えだと分っていたが、楊鷹はそう思ってしまう。また少し、いら立ちが募る。


「どうして止めるんだ? せっかく苦労してここまで来たんだろうが。そもそも、仙器を取りに行こうと言い出したのはそっちだろう」


 楊鷹が刺々しく言い放てば、毛翠はうつむいた。


「決まりだな」


 莫志隆は背後の作業台に槌を置くと、乱雑に積まれた兵器の中から剣を二振り手に取った。そうして、さっさと四阿(あずまや)から出ていってしまう。

 楊鷹も荷物と毛翠をその場に下して、後に続く。背後から「おい」と呼び止められたが、無視をした。

 莫志隆は(あか)い柳の下に立っていた。楊鷹は彼の対面まで進む。


「ほれ」


 楊鷹めがけて、莫志隆が剣を一つ放り投げた。楊鷹はそれを片手で受け取ると、鞘から引き抜いた。鞘を帯の間に挟んで、くるくると数度剣を回転させてみる。悪くない感触だ。

 楊鷹は莫志隆に向かって丁重に拱手の礼をすると、剣を軽く握って構えた。

 剣は楊鷹の母、楊麗(ようれい)が最も得意としていた兵器だ。そして、楊鷹が一番教え込まれた兵器でもあり、やはり楊鷹も一番得意としていた。

 ふいに楊鷹は視線を感じた。恐らく、この気配は毛翠のものだ。


「離れてろ」


 振り返りもせずに楊鷹は言った。毛翠には今は構っていられない。今神経を注ぐべきは、莫志隆である。

 莫志隆も軽く腰を落とし、剣を構えた。


「俺は打たんよ。好きに打ちこんでこい」


 のらりくらりとした口調であった。殺気もなければ、先ほど見せた鋭さもない。およそ戦う人間とは思えないほど、莫志隆は悠然とした雰囲気をまとっていた。

 己を侮っているかのような毛翠の態度に苛立ちを感じた楊鷹であったが、しかし自惚れているわけではなかった。むしろ、逆である。楊鷹は、莫志隆に対しては冷静であった。

 莫志隆は神仙。人よりも優れた存在だ。そんな彼を認めさせることができるのか、はっきりとした自信はない。仙器を上手く扱えるかどうかも、分からない。しかし、曖昧で分からないからこそ、やるしかないのだ。

 莫志隆との手合わせは、何らかの答えをもたらす。だから、(おご)らず、(へりくだ)らず、ただ全力で挑むのみ。

 楊鷹は息を吸い、吐いた。心を研ぎ澄ませる。莫志隆をまっすぐ見据えれば、その姿は周囲の光景から浮かび上がったようにくっきりと見えた。

 楊鷹は地を蹴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ