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小仙奇譚  作者: 平井みね
第一章
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仙器を求めて・七

「この山で暮らしている人間について聞きたいんだ」

「この山で暮らしている人間って、俺たちではなくて?」

「……ああ。鍛冶師が住んでいるらしいんだが、所在を知らないだろうか?」


 銭秀(せんしゅう)は腕を組んでうつむく。そのまま「鍛冶師、鍛冶師ねぇ」とぶつぶつ繰り返すこと数回、突然眉を跳ね上げて指を鳴らした。


「その鍛冶師かどうかは分からねぇが、前に手下の一人が見慣れない人間を山で見たって言ってたな。痩せていて髭と髪がぼさぼさの怪しい奴が(とりで)の近くをうろついていたって」

「それだっ……」

「差し支えなければ! 今から山中を探してみてもいいだろうか!」


 背中から聞こえた高い声をかき消すために、楊鷹(ようおう)は声を張った。銭秀が目を丸くして見つめてくる。楊鷹はぎこちなく笑い返す。やけに頬が引きつっているのを感じた。

 ぱちぱちと目を瞬かせる銭秀。笑みを浮かべ続ける楊鷹。

 蝉の鳴き声が響き渡る。どこかで、鷦鷯(みそさざい)がさえずっている。

 やがて、高く澄んださえずりは蝉しぐれの合間にうずもれて、消えた。

 いいかげん頬が痙攣しそうになってきて、楊鷹は改めて尋ねた。


「どうだろうか?」

「べ、別に構わねぇけど……。しかし、どうしてそんなにに会いたいんだ?」


 楊鷹は視線で毛翠(もうすい)を示した。


「その鍛冶師が、この子の叔父かもしれないんだ」


 銭秀が眉をひそめる。訝しげな様子だが、ここで動揺したら不自然になってしまうので、楊鷹は努めて冷静に言った。


「この子は俺の遠縁の子供なんだが、親を亡くしてしまったため俺が面倒を見ている」

「へぇ、それは大変だな」

「俺は独り身だし、だれか好い人がいるわけでもない。だから、俺がこのまま面倒を見るよりも、近縁の人間に預けた方がいいんじゃないかと思ったんだ。それで父方の弟が腕の良い鍛冶師なのだが、消息が知れない。だから、もしかしたら蒼香(そうきょう)山の鍛冶師が叔父なんじゃないかと思い、訪ねてみようと。もし叔父本人でなくとも、叔父に関して何か知っているかもしれない」

「なるほどねぇ……。それで朱柳(しゅりゅう)県まで来たってことか。で、目的の場所に行こうとしたら山賊がいて厄介だから、一つ捕まえてしまおうと」

「いや、捕らえようとしたのは、春全(しゅんぜん)殿と春蘭(しゅんらん)殿がとても困った様子だったからだ」


 皮肉めいた言葉が飛んできたが、楊鷹は動じることなくすかさず答えた。というか、銭秀たちを捕らえようとした件に関しては、なんら嘘をつく必要はなかった。

 銭秀がさっと目をを逸らして、頬を掻く。


「あーうー、それはうん、悪かった」


 気を取り直すように銭秀は一つ咳払いをすると、楊鷹の方に視線を戻す。

 楊鷹は息を飲んだ。

 銭秀の目は真剣であった。これまでの軽薄な印象はすっかり消え去り、隙を感じさせない。楊鷹の隅々までを見極めようとする姿勢が伝わって来る。

 楊鷹は己の鼓動が大きくなっていることに気がついた。戦いの時よりもずっと緊張を感じている。

 先日の老爺に対しての話はそこまで嘘ではなかったが、今回のこの話は偽りだらけである。十中八九、そのせいだ。楊鷹は、内心でひたすら落ち着けと繰り返す。

 視線を交わすことしばらく、突如銭秀の顔が緩んだ。百面相のようにぱっと表情が切り替わる。


「ま、別に構わないぜ。気がすむまで、その鍛冶師とやらを探してくれ」

「ありがとう。協力してくれて助かる」


 楊鷹は安堵した。だが、それも束の間。


「とは言え、こんな山奥に住んでる奴に、赤ん坊を育てる甲斐性があるとは思えねぇけど」


 銭秀が痛いところを突いて来る。一瞬言葉に詰まりそうになった楊鷹であったが、どうにか「それはそうなんだが」と返事をした。

 すると、銭秀は不敵な笑みを浮かべた。


「どうだ? やっぱり仲間入りしねぇ? まだ俺たちの方が赤ん坊の世話ができると思うぞ」

「いや、それは……」


 楊鷹が口を開くと、銭秀はその答えを遮るように立ち上がる。そして、つかつかと傷の男が置いていった荷箱に歩み寄ると、しゃがみこんだ。


「この荷物なんだが、沁富しんふ県にある、えらく儲かってる薬屋があってね。そこの旦那が都のさるお偉いさんにあてた贈り物なんだ。なんでも、その円寧府(えんねいふ)の偉い方の奥様のお誕生日で、大層豪華な贈り物なんだと」


 銭秀は荷箱を叩きながら、目をすがめた。


「ちなみに薬屋のせがれは、科挙をお受けになるらしい。だが、もう何回も何回も落ちていらっしゃる」


 銭秀の言わんとするところを察して、楊鷹は顔をしかめた。

 薬屋からの贈り物、おそらくそれは賄賂(わいろ)だ。息子を科挙に合格させたいが故の。銭秀は、そう言いたいのだ。

 科挙での不正は重く罰せられる。死罪もあり得る。それを考えればなんとも大胆なやり口であるが、かつて宮中の腐敗を肌で感じていた楊鷹にしてみれば、十分あり得る話であった。もしかしたら、その都の偉いお方のほうから、薬屋に持ちかけた話なのかもしれない。

 

「それは、本当の話なのか?」

「ご近所の噂に加えて、少し前に薬屋をクビにされた元番頭から、じっくり話を聞いた」


 そう言うと、銭秀は笑い声をもらす。


「今回は、かなり運が良かった。元番頭の奴、いつにどこをどんな風に進むのか、細かい道程まで話してくれたからな。大人数だと目立つから、少人数でさも大した荷物ではないという風を装う予定だ、なんてことまでくっちゃべって。ありゃあ、薬屋の旦那に相当恨み持ってるぜ」


 それだけ話を掴んでいたのなら、純粋な善意による贈り物でないのは間違いなさそうだ。

 楊鷹は拳を握りしめた。心底嫌になる話であった。

 銭秀がもう一度荷箱を叩く。


「昨日話を聞いた限りじゃ、お前もこういう贈り物を嫌ってるようだったからな。だから俺たちの仲間になるのも、悪くないんじゃないかと思うんだが」


 銭秀は尋ねるわけでもなく、独りごちるように言った。

 楊鷹は黙り込んだ。

 銭秀の誘いには乗れない。何故なら、毛翠を藍耀海(らんようかい)に連れて行かねばならないのだ。そんなことは分りきっているのに、楊鷹はすぐさま答えられなかった。

 先ほどの作り話とつじつまが合わなくなるから、というのもあるが、それだけではなかった。

 「役人や彼らとつながる汚い人間からしか盗まない」という銭秀らの矜持に、共鳴してしまう部分があるのだ。

 銭秀たちのやり方では、不正を正すことはできない。そして、行っている行為はあくまでも強盗、悪行だ。そんなこと分っていても、彼らに惹かれてしまう。それ故、酒の勢いもあったとはいえ、「仲間になる」と口走ってしまったのだろう。

 毛翠と別れた後、銭秀たちの仲間になるのは一つの方法であった。あらぬ罪とはいえ、楊鷹は罪人である。こそこそと人目を避けて生きるより、いっそ賊になった方が楽かもしれない。

 そんな考えがよぎった時、楊鷹はふと思った。 


(何のために、俺は武官になったんだろうな)


 壮大な大志を抱いていたわけではない。だが、官吏嫌いになるためではないし、まして山賊になるためでもない。武官として本当に何もなせなかったのだと思うと、無性に虚しくなってきた。

 風が吹き、ざわざわと葉擦れがざわめく。

 楊鷹が小さく息を吐けば、ぎゅうっと毛翠が背中をつねる。

 その痛みで、虚しさは消し飛んだ。今、何よりもどうにかしなければならないのは、()()なのだった。


「すまない。仲間にはなれない」


 楊鷹は首を横に振った。

 大切なのは、一刻も速く藍耀海まで行くことだ。その目的を果たした後のことも過去のことも、今は考えている場合ではない。

 銭秀は、ふっと笑うと立ち上がる。


「そうか。それは残念だ。ま、気が変わったらいつでも言ってくれ。お前ならいつでも大歓迎だ」

「……覚えておく」


 そう答えながら、楊鷹は右頬を引っ掻いた。

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