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小仙奇譚  作者: 平井みね
第一章
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仙器を求めて・六

 傷の男に案内されて山道を登ってゆくと、旗がはためく門が見えてきた。古びてはいるが、随分と立派な楼門(ろうもん)だ。その見た目、山賊の(とりで)というより古刹(こさつ)の入口のようである。

 実際のところ、ここは古刹であったのだった。春全(しゅんぜん)の話によると、蒼香(そうきょう)山の頂上には歴史ある寺があったが数十年前に廃れてしまい、その廃寺が山賊たちの根城になっている、とのことだった。

 門の脇に立っている見張りと思しき二人の男は、楊鷹(ようおう)を一見すると厳しい顔つきになった。しかし、傷の男が事情を説明したとたん、彼らは「ああ、頭領の義兄弟の」と納得した様子で頷いて、あっさりと通してくれた。

 助かるのだが、楊鷹の釈然としない気持ちはますます募る。悶々としたまま、楊鷹は門をくぐった。

 門の内側には弓や投石用の石がずらりと並んでいた。その間を、刀や棒などの武器を手にした男たちが行き交う。決して軽い武装ではない。いくら実害はなくとも、周辺の住民が恐れるのは当然だ。

 朱柳(しゅりゅう)県の県城で、都頭(ととう)が「討伐に向かったが上手くいかなかった」と言っていたのも、最もな話であった。あんなどうしようもないちんぴら男が都頭をやっているような状態だ。加えて、優秀な人材を禁軍に集中させている影響で、地方の軍は士気が低く質が悪い。彼らがこれだけの規模の集団を蹴散らすのは、おそらく不可能だ。


 それから、さらにもう一つ山門を抜けて、真っすぐ伸びる石段を登ってゆくと、広々と開けた場所にたどり着く。

 正面には左右に神像を携えた大門がそびえ、その奥に丹塗りの御堂が建っているのが見えた。

 思った以上に、荘厳な伽藍(がらん)がそのまま残っていた。楊鷹は内心驚きながら、傷の男の後に続いて門を通り抜けた。そのまま、御堂の中に入る。

 外観は間違いなく御堂であったが、その中はらしくなかった。祭壇や神像はなく、代わりに机や床几(しょうぎ)が並んでいる。その一角で、銭秀(せんしゅう)と手下と思われる男が数人、何やら話し込んでいた。


「お頭、ただいま戻りました!」


 傷の男が声をかけると、銭秀が振り返る。


「おう、首尾はどうだった?」


 傷の男は、にこにこと笑いながら荷箱を置いた。


「上々です。それともうひとつ良い知らせが」

「良い知らせ?」

「劉の兄貴が訪ねてきてくれました」

「なんだって!」


 銭秀が叫ぶ。喜色に満ちた声であった。楊鷹はばつが悪くなり、そっと目を逸らす。


「劉三! よく来てくれたな!」


 銭秀は一目散に楊鷹の元までやって来ると、がっしりと手を握った。対する楊鷹は、ますますいたたまれなくなってきて、わずかに後ずさった。


「来てくれたってことは、仲間になってくれるんだな」

「ええと、いや、そうではなくて……」


 楊鷹は言葉を濁す。「仲間になる」と言ったことは全く記憶にない。どう返事をすればよいのか。恥を忍んで、「酔った勢いであらぬことを口走った」と、正直に言えばいいのか。

 楊鷹が逡巡していると、背中に軽い衝撃が走った。毛翠(もうすい)に蹴られた。


「それじゃ、まずは歓迎の一献(いっこん)といきますか」


 手を離して、親し気に楊鷹の肩を叩く銭秀。

 楊鷹は小さく息を吐く。情けなさと恥ずかしさがこみ上げてくるが、正直に言うしかない。やはり酒は控えようと思いつつ、楊鷹は言った。


「申し訳ないが、仲間になりに来たんじゃないんだ」

「え?」


 素っ頓狂な声を上げながら、銭秀が振り返る。ここまで案内してくれた傷の男も、きょとんした表情を浮かべた。


「あー、そのだな。昨夜、義兄弟になっただとか、仲間入りの話をしただとか、全く記憶にないんだ。申し訳ない」

「あぁ……なるほど」


 銭秀が顎に手を当てながら、しみじみと頷く。


「まぁ、そうだよな。お前、酔っぱらって相当ひどいことになってたからな……」


 銭秀の言葉尻から不穏な空気を感じ――昨夜のことをぶり返されるような気がしたのだ――楊鷹はすかさず口を開いた。


「仲間入りではないのだが、少し尋ねたいことがあって来たんだ」

「尋ねたいこと?」


 楊鷹は「そうだ」とゆっくり頷いた。

 銭秀は目を瞬かせながら楊鷹を見つめる。しばしの無言の後、銭秀は手下たちに向かって、手をひらひらと振った。


「一旦解散。続きはまた後だ」


 頭領の命令を受けて、手下の男たちは「了解です」と一声残し、御堂から出て行った。

 銭秀が床几(しょうぎ)を二つ持って来て、楊鷹の前に並べる。


「立ち話もなんだから、座れ」

「ありがとう」


 楊鷹が腰かけると、銭秀も座る。


「取り込んでいる時に来てしまってすまない」

「気にするな。わざわざ訪ねてきたってことは、大事な話なんだろ?」

「ええと、まぁ……」


 またもや楊鷹は答えに困った。

 大事な話というかなんと言うか、そもそも大事かどうか以前にだいぶ突拍子のない話である。


(何をどう話せばいいか……)


 楊鷹は考える。山に神仙がどうのこうのと、正直に話すのはあまりよくないように思えた。神仙の伝承はごまんとあるが、その世界を信じる者など少数派だ。楊鷹自身、毛翠と出会うまでは実在するとは考えていなかった。というか現実として直面した今も、どうか夢であってほしいと思ってしまう瞬間がある。山に来た理由を正直に話したら、怪しまれる可能性が高い。


「おい、どうした」


 黙り込んでしまったためだろう。銭秀が楊鷹の顔を覗きこんでくる。

 その時、楊鷹の背中で毛翠がむずかるような声を上げた。銭秀の視線が毛翠に向く。


「おー、泣くな泣くな」


 銭秀は腰を浮かせると、両手を左右にふりながら毛翠に笑いかける。楊鷹も毛翠をあやすように、背中を揺すった。そうしながら、考えを巡らせる。

 やはり神仙のことは言わないでおく。嘘を吐くのは苦手だが、上手い作り話をするしかない。

 毛翠の声が止まる。と、同時に楊鷹の背中に痛みが走る。毛翠につねられた。なんの意思表示だろうか。「さっさと話せ」とでも言いたいのか。

 銭秀が床几に座り直すのを待ってから、楊鷹はおもむろに口を開いた。

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