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小仙奇譚  作者: 平井みね
第一章
29/131

仙器を求めて・五

 手早く食事を済ませるつもりで席についた楊鷹(ようおう)であったが、思惑通りにはいかなかった。

 粥をすすっていたら、(あつもの)が出てきて、さらには野菜の炒め物、果ては肉まで卓に並んだ。楊鷹は遠慮したものの、相変わらず春蘭(しゅんらん)は笑顔で勧めてくるわ、毛翠(もうすい)の腹の虫がなかなかおさまらないわ、結局しっかりとご馳走になってしまったのだった。

 しかも、「朝食だけでも」と言っていた春蘭であったが、結局湯の用意までしてくれた。ここまできたら遠慮するのも無粋に思えた楊鷹は、ありがたく使わせてもらった。昨日の酒がひどく残っていたから、正直湯を浴びることができたのは随分と助かった。

 そんな調子で腹を満たし体を清めた後、楊鷹は春親子にお礼の銀子(ぎんす)をいくばくか手渡して、(ねんご)ろに別れの挨拶をした。そうして、ようやっと屋敷を発ったのだが、その頃にはだいぶ日が高くなっていた。もうすぐ昼だろう。


 楊鷹は足早に春家村を抜けて、街道へと出た。

 空はすがすがしく晴れ渡り、たっぷりと陽光が降り注ぐ。さすがに暑いが、風が吹いているおかげで多少熱は和らいでいる。毛翠も静かにしており、なんとも穏やかな夏の日和であった。

 ひとまずの目的地は蒼香(そうきょう)山である。王嘉(おうか)を訪ねる、という用事もあったが、とりあえず近場からすませることにしたのだ。

 黙々と歩くことしばらく、昼を過ぎた頃には蒼香山のふもとにたどり着いた。そのまま休む間もなく、楊鷹は山道へと進んでゆく。大して疲れてはいない。こうして急いでいる時は、人間離れした疲れ知らずの体は甚だ便利であった。

 いざ神仙の住処へ。ではなく、まずは銭秀(せんしゅう)たち山賊が住まう(とりで)に向かう。春全(しゅんぜん)の屋敷で銭秀と話ができなかったので、山に忍び込んで勝手に神仙を探し回ることも考えた楊鷹であったが、それは下策と判断した。やはり、山賊の縄張りを勝手にうろつくのは面倒事につながりかねない。また、神仙の消息について何か知っている可能性も捨てきれない。


 蒼香山は、その名の通り青々とした山であった。木々は鮮やかに萌え、濃厚な緑の香りが漂う。

 隣の沁富県(しんふけん)に抜けるにはこの山道を行くのが速いだろうが、楊鷹たちの他に人影はなかった。「山賊が出る」という噂のために、この道を使う者はほとんどいないのだろう。

 蝉の鳴き声と木漏れ日が降り注ぐ中、楊鷹は穏やかな心持ちで歩を進めていた。瑞々しい自然が心地よい。ここ最近、何かとささくれ立っていたため、こんなしみじみとした心境は久々だ。

 と、そんな風に感じていたが。


「のう、楊鷹」


 毛翠が小声で声をかけてくる。凪いだ心の水面に、小さなさざ波が立つ。

 楊鷹は辺りに目を配った。山の風景は相変わらず、人の姿はどこにもない。気配もない。


「なんだ」


 楊鷹は声を潜めて応じた。


「やっぱり蘭ちゃん、お前が好きなんじゃないかとおも……」

「だから、なんでそうなる」


 毛翠が言葉を言いきる前に、楊鷹は食らいつくように言った。そんな話のために声をかけてくるのはやめてほしい。

 しかし、毛翠の口は止まらない。


「お前、気づいてなかったのか? 別れ際、何か言いたそうにしていたじゃないか」


 言われて、楊鷹は屋敷を発つ時の春蘭の様子を思い返してみる。彼女はわざわざ門の外まで出てきて、見送ってくれた。非常に丁寧ではあったが、物言いたげではなかった。


「別にそんな素振りはなかっただろう」


 楊鷹がぶっきらぼうに答えると、大げさなため息が聞こえた。


「お前というやつは……」


 どうしてか呆れのにじむ声音に、楊鷹はむっとしてしまう。

 毛翠がさらに言う。


「お前。もう少しその辺りの機微が分かるようにならないと、一生結婚できないぞ」

「こんな状況で結婚のことなんか考えられるか」

「……あー、それもそうだな」


 毛翠は、小さな声でそう言うと黙り込んだ。だが、しばらくすると「でも蘭ちゃん、良いと思うんだがなぁ」などと、独り言のようにつぶやく。

 このしつこさ、付き合っていられない。楊鷹は無視を決め込んで、足を速めた。


 緩やかな坂を登ってゆく。朽ちた倒木をまたいだところで、はたと楊鷹は足を止めた。前方に人影が見える。

 楊鷹はさっと木陰に素早く身を隠すと、まだ背中でぶつくさ言っている毛翠に声をかけた。


「人がいる。静かに」


 毛翠の独り言がやっと止まる。楊鷹はそっと木の陰から人影をうかがい見た。

 人影は五人。二対三で別れている。

 奥にいる三人の方は恐らく山賊だ。銭秀の仲間に違いない。三人とも刀を片手に、残り二人に迫っている。彼らの足元には荷箱が置いてあった。

 二人の方は、山賊たちに襲われているのだろう。小柄な男はうずくまり、もう一人の小太りの男は、立っているものの腰が引けている。二人ともどうしてか半裸だった。楊鷹はさっと視線を走らせる。山賊のうちの一人が、黄色い着物と緑の着物を手にしていた。どうやら、着ていたものを奪われてしまったらしい。


「お、お前ら! (こう)家を敵に回したこと、後悔させてやるからな!」


 小太りの男が叫ぶ。しかし、ただ大声なだけで、そこに威勢や迫力といったものはない。山賊達が鼻で笑う。


「できるもんならやってみな」

「また来るってなら来いよ。成金野郎は大歓迎だぜ」


 山賊達が口々に言うと、小太りの男はもぞもぞと地団駄を踏みながら喚く。


「本当にどうなっても知らないぞ!」


 山賊達が急に笑いをひそめた。空気が尖り、緊張が高まる。様子をうかがいながら、楊鷹は気を引き締めた。

 獲物を選んで襲っていると、昨夜銭秀は言っていた。そして、その銭秀たちのことを王嘉は一目置いている。だから、むやみやたらと人を襲っているわけではない、はずだ。あの小太りの男たちには、銭秀らの獲物になるだけの理由があるのだ。しかし、その理由を楊鷹は知らないし、人が殺されるところというのは、見ていて気分の良いものではない。

 もし、山賊たちが小太りの男たちに襲いかかると言うならば、その時は飛び出そう。その腹積もりで、楊鷹は山賊たちの一挙一動に目を凝らす。

 山賊たちの一人、顔に傷のある男がずいと一歩前に出て、小太りたちに切っ先を突きつけた。


「なんだ、せっかく命は助けてやろうってのに、ぎゃあぎゃあうるせぇな。死にてぇのか?」


 うずくまっていた男が、勢いよく顔を跳ね上げて小太りを見る。傷の山賊が、もう一歩踏みこむ。


「おら、どうなんだよ!」


 すごむ山賊に対して、小柄な男はがばりとこうべを垂れた。小太りの方も地面にひれ伏す。


「ご、ごめんなさいぃ!」

「命だけはお助けを!」

「なら、さっさと行け!」


 山賊にどやされた二人は、弾かれたように立ち上がるとそのままの勢いよく逃げ出した。その速さは坂道を転がる岩のごとく、あっという間に楊鷹の脇を駆け抜けていってしまった。

 身ぐるみをはがされた憐れな背中が完全に見えなくなったところで、楊鷹は山賊たちに視線を戻した。

 鋭い空気は和らいでいた。「上手くいきましたね」だの「中身はなんだろうな」だの、いかつい三人の男は荷箱を囲んで嬉しそうに言葉を交わしている。着物だけでなくあの箱も、先ほどの二人組から奪った盗品であるのは確実だ。成果は上々らしい。


「出て行かぬのか?」


 毛翠が小声で尋ねてくる。楊鷹はじろりと見返した。


「そう簡単に出て行けるか」

「なんでだ? 知り合いだろうが」

「確かに面識はあるが……」


 三人の山賊のうち、傷の男には見覚えがあった。昨夜、銭秀と共に押し入ってきた手下の一人だ。

 だが、盗みを働いた直後である。まだ気が立っているだろう。下手に出ていけない。


(どう声をかけるべきか……)


 と、そんなことを考えて楊鷹ははっとした。今ここで出て行って彼らに話しかけたとして、山賊たちは友好的に受け入れてくれるのかと、疑問が湧いた。

 昨夜、楊鷹は銭秀や傷の男たちと酒盛りをした。それは確かなことだが、その前に一悶着あったのも、また事実である。

 昨夜の捕り物劇を考えれば、彼らが楊鷹を恨んでいたとしてもおかしくはない。特に、あの傷の男。あの男は、一度楊鷹がのした後、真っ先に立ち上がり再度向かってきた。なかなかにしぶとそうな男であり、昨夜のことを根に持っているかもしれない。彼だけでない。銭秀だって楊鷹のことを恨んでいるかもしれない。


(先に王嘉殿のところに行くべきだったか)


 銭秀が慕う王嘉が一緒であれば、恐らく悪いようにはされないはずだ。順番を間違えたか。というか、どうしてすんなりと銭秀と話せると思ってしまったのか。まったく迂闊である。

 楊鷹はどうにも動けなくなってしまった。じっとしていると、毛翠が背中をげしげしと蹴ってくる。


「ほれ、何をためらっておる。昨夜、『俺たち義兄弟だ』とか言って意気投合してただろう」

「はぁ?」


 全く記憶にないとんでもない話に、楊鷹は思わず大声を出してしまった。すぐさま、しまったと思ったが、時すでに遅し。


「誰だ!」


 鋭い男の声が響く。楊鷹はさっと山賊たちへ視線を戻した。一目散に山賊達が走ってくる。

 彼らは楊鷹が隠れている木の手前まで来ると、一旦足を止めた。そして、刀を突きつけながら、ゆっくりとにじり寄ってくる。

 最早、隠れていても無意味である。


「余計なことは言うなよ」


 毛翠にそう忠告すると、楊鷹は表情を引き締めた。そして、そっと木陰から山賊たちの前に出る。


「なんだ、てめぇは?」


 髭面の男が叫び、楊鷹めがけて刀を向けてくる。楊鷹は動じることなく、その男を睨みつけた。髭面の男が数歩退いたのに合わせて、楊鷹は前に出る。

 すると、傷の男が「あっ」と声を上げた。


「兄貴じゃないですか!」


 傷の男が刀を降ろして、楊鷹の方へ近づいて来る。その表情は、どうしてだろう、目をきらきらと輝かせて嬉しそうであった。


「昨日はありがとうございました。わざわざ山に来てくれたってことは、仲間になってくれるってことですね」

「……は?」


 またしても記憶にないとんでもない話が飛び出てきて、楊鷹は固まった。

 仲間になるとはどういうことだ。義兄弟の話も意味が分からないのに。必死に思考を巡らせてみても、全く思い出せない。ちらりと背中の毛翠を見やると、赤子はしらじらしくそっぽを向いた。

 傷の男が楊鷹の脇に回り込んで、柔らかく肩を叩く。


「さぁさぁ、お頭がお待ちです。どうぞ、こちらへ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いや、確かに銭秀を訪ねに来たのだが……」

「ええ、ええ。お頭も待ってますから。さあこちらにいらしてください」


 先ほどまでの迫力はどこへ行ったのか、随分とにこやかな表情で傷の男は楊鷹の腕を引く。

 確かに銭秀を訪ねにきたのだから、こう歓迎されるのは決して悪いことではない。むしろ願ったり叶ったりのはずなのだか、どうにも腑に落ちない楊鷹は、戸惑いながら傷の男に引かれてゆくこととなった。

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