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小仙奇譚  作者: 平井みね
第一章
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仙器を求めて・三

「あの山には風変わりな神仙がおるんだ。そいつがとにかく刀剣やらの兵器を作るのが好きでな。以前、そいつに仙器(せんき)を作ってくれるように頼んだんだ。だが、取りに行けずにそのままになっている」


 人の世界に暮らす神仙の話は、楊鷹(ようおう)も聞いたことがあった。神仙の多くは桃李虚(とうりきょ)に暮らしているらしいが、そうでない者もいるという。

 そんな物好き神仙がの登場する物語を母から聞かせてもらった覚えがあった。例えば、桃李虚から人の世にやって来てみたら思いのほか食事や酒が美味しくて、そのまま定住してしまったという食いしん坊な神仙の笑い話などである。

 また、昔立ち寄った酒店で「どこそこに住まう老人が実は神仙である」とかいう噂話に花を咲かせる男たちを見たことがあった。

 きっと、そのような語りや噂話に出てくる神仙なのだろう、と考えて楊鷹は気が付く。もう、神仙の存在をすんなり受け入れている自分に。

 ふいに、円寧府(えんねいふ)で暮らしていた日々が恋しくなった。嫌なことや辛いことも、少なくなかったけれども。あの頃のような平凡な日常に、戻れる日がくるのだろうか。

 楊鷹は目を閉じて深々と息を吐いた。


「どうした?」

「いや、なんでもない」


 楊鷹はひらひらと手を振って答えた。それから気を取り直して、毛翠(もうすい)を見る。

 風変わりな神仙が存在するとして、わざわざ賊のたむろする山に住むのだろうか。それほど、風変わりなのだろうか。


「そう言われても、蒼香(そうきょう)山に神仙がいるとは信じがたいな」

「人の世で暮らしている神仙もいるぞ。桃李虚は案外退屈なところだからな。ただ、昔と比べれば数は少なくなったが」

「だからといって、わざわざならず者のいるところで暮らすのか?」


 楊鷹が腕を組んで尋ねれば、毛翠は眉根を寄せた。


「仙器を頼んだ時は、山に賊などおらんかったのだがな」

「それはいつの話だ」

「二十年くらい前だ。ちょうどお前が生まれるくらいの頃だったか」


 己のことが話題に出てきて、楊鷹はかすかに鼻の頭にしわを寄せた。


「どうしてそんな時に、そんなものを頼んだんだ?」


 毛翠は「ふぉあっ?」と変な声を上げると、きょろきょろと視線を泳がせる。この様子、どうやらまた言いたくない事らしい。きっと、ろくでもない理由なのだろうと、楊鷹が鼻から息を吐き出したその時。


「……その、当時もあまり芳しい状況でなくてな。仙器があった方が、きっと楊麗(ようれい)やお前を守れるかと思ってだな」


 楊鷹の心がちくりと痛む。


(守るため、だと? 何をふざけたことを……)


 毛翠に守ってもらった記憶など、楊鷹にはない。守ってほしいと思った時も、毛翠はいなかった。これまでの人生において、彼がいない時間の方がずっと多かったのだ。毛翠は「守れると思った」と言ったが、その守ろうとした家族を身勝手に放り出したくせに、今更そんなことを言うのか。

 手のひらにほのかな痛みが走る。爪が食い込むほどを拳を握りしめていたことにはっとして、楊鷹は慌てて手を開いて降ろした。それから、口早に言う。


「二十年も経っていれば、その神仙はもういなくなってるんじゃないか?」

「その可能性もあるが、いる可能性もある。賊がいたとしても、あいつはそんなこと恐らく気にしないだろうし」


 そう言って、毛翠は真っすぐ楊鷹の目を見つめてきた。緑の瞳に宿る光が強くなったように感じられて、楊鷹は息を詰まらせた。

 あの時の、藍耀海(らんようかい)まで連れて行ってくれと頼んできた時と同じ目だ。赤子ではなく父の目、である。


「わしはお前を死なせたくない。お前だって死にたくないだろう」


 毛翠が問いかけてくる。それには答えずに、楊鷹は視線を逸らした。

 だからどうして、毛翠はそんなことを言うのだ。父の目で見つめながら。

 楊鷹の心がじくじくと(ただ)れるようにざわめく。「死なせたくないなら一人で行け」とそんな言葉が思い浮かんだが、声にはならない。

 毛翠と話していると、どうしてこうも簡単に心が乱れてしまうのか。しかも、思いのほか顔や態度にも出てしまっているらしい。自身のことが情けなくてたまらない楊鷹であったが、そう思えど胸中のざわめきは静まらない。

 心が乱れる理由。それは分かるような、分からないような。否、分かりたくない。

 楊鷹は目を閉じて、静かに深呼吸をした。三度繰り返すと、だいぶ心は凪いだ。だが、爛れの(あと)がひきつれるように、かすかな違和感が胸の内にくすぶっている。その感情を砕くように、楊鷹は強く奥歯を噛みしめた。そうしながら、強引に思考を切り替えて仙器について考える。


 毛翠の言うことは真っ当だ。人の武器では、神仙には敵わない。

黎颫(りふ)の斧の切れ味は尋常ではなく、鋼をもたたっ斬る、という毛翠の言葉は大げさでもなんでもない。鋼以上に硬いものでも斬れそうだ。実際に振るったからこそ、そう思う。

 だから、仙器を入手できる可能性があるのならば、蒼香山に行ってみる価値はある。   

 また、武器を持っていないという現状もある。春親子を助けようと、武器を見繕うことなく彼らと共に急いで県城を出てしまったし、昨夜の棍はこの屋敷にあったものを借りたにすぎない。何か武器を見繕う必要があるわけだが、それが神仙に対抗できる逸品であるならば、願ったりかなったり、だ。


 だが、そう理解しつつも楊鷹はためらいを覚えた。

 実際に振るったからこそ、またこうも思うのだ。果して仙器というとんでもない武器を己が持っていいものか、と。あれは気軽に手にしてよいものではない。


(神仙に見つからなければ、仙器は必要ない。仮に仙器があっても、戦いは避けたい。だが……)


 相手は神通力を持つと言われる神仙だ。いくら見つからないように気を付けたところで、上手く逃げ切れるか、疑わしい。


 楊鷹は眉間を押さえて目をつぶった。

 本当にとんでもなく面倒で理にかなわない頼みを聞いてしまったと、痛感する。やはり何もかも断って、別れた方がよいのかもしれない。

 しかし、頼みを聞いてからまだ三日、早速ここでほっぽり出すのはすっきりしない。仮に毛翠を捨て置くことにしたとしたら、どうしてかそれはそれで後悔しそうな気がした。


「寄り道になるが、行ってみる価値はある。もしも誰もいなかったら、さっさと戻ればいい」


 毛翠が口を開く。楊鷹は目を開けて赤子をちらりと見やる。姿は間違いなく赤子だが、しかしその瞳は未だ父の目のままだった。

 喉元までせり上がってきた「一人で行け」という言葉は、またもや声にはならず腹の底に沈んでゆく。一呼吸おいてから、楊鷹はゆっくりと一度だけ瞬きをした。


「……分かった。蒼香山に行こう」


 楊鷹がそう答えると、毛翠がぱっと笑う。


「うむ。やはりお前は話の分かる奴だ」


 真面目な調子が一転、毛翠の口調は軽やかになる。それはそれで楊鷹の精神をちくちくと刺激する。なんだか、毛翠にいいように利用されているだけのような気がしてきた。一体、藍耀海に何しに行きたいのだろう。そんな思いが過る。


(いや、目的が何かなんて俺には関係ない。俺はただ、さっさと連れてゆけばいいだけだ。聞いたところで、どうせ言わないんだ。こいつの事情など、どうだっていい)


 一月(ひとつき)でけりをつける、という決意を楊鷹は思い返す。

 楊鷹は荷物を手に取ると、さっさと扉の方へ向かった。


「どこに行く」


 背後から声がかかる。楊鷹は振り返ることなく簡潔に答えた。


銭秀(せんしゅう)たちと話をしてくる」


 蒼香山に行くとなったなら、昨日の山賊たちに話をする必要があるだろう。もしかしたら、山に住む神仙について何か知っているかもしれない。それに、勝手に彼らの縄張りに入って面倒なことになるのはごめんである。

 しかし、山賊たちや王嘉(おうか)はまだ屋敷にいるのだろうか。とにかく、まずは部屋から出なければ。

 楊鷹が扉に手を掛けると、再び背後から不満気な声が飛んできた。


「待て。どうしてわしを置いてゆく」

「大して時間はかからないから、ここで待っていろ。それくらいでき……」


「できるだろう」と言おうとして楊鷹は口をつぐんだ。頭の中によぎる昨夜の出来事。おぼろげすぎてはっきり覚えていないけれど、昨夜、毛翠は待つことができなかったような気がする。

 楊鷹は素早く毛翠に近付くと、さっと抱き上げる。


「大人しくしていろよ」

「おう、任せろ」


 毛翠は胸を叩いて応じたが、まったく頼もしくない台詞であった。楊鷹は得意げな赤子をじろりと一瞥してから、扉を押し開けた。

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