表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小仙奇譚  作者: 平井みね
第一章
22/131

山賊捕縛・五

 思いもよらない再会に、楊鷹(ようおう)は立ち尽くしてしまった。まさか、こんなところで王嘉(おうか)に出会えるとは。


 王嘉は以前禁軍で弓術の師範をしていた人物だ。弓のみならず武芸十八般に精通しており、禁軍内でその名を知らぬ者はいないほどであった。その武技の凄まじさたるや、まるで(りん)の建国時に活躍した百戦錬磨の武人、沈叡(しんえい)のようであると、彼のことを「小沈叡しょうしんえい」と呼ぶ者もいた。

 そのように名を馳せていた一方、王嘉は禁軍内で唯一楊鷹と親しくしてくれた稀有な人物でもあった。

 楊鷹も、その容姿と人間離れした武芸の腕前ゆえに、何かと禁軍内では目立つ存在だった。王嘉とは異なり、悪目立ちだったが。そんな楊鷹の噂を知った王嘉は、純粋に興味を抱いたらしく、彼の方から楊鷹に「一度手合わせしたい」と申し出があった。その出来事がきっかけとなり、以来楊鷹は王嘉には何かと懇意にしてもらっていたのだ。しかし、今年の初めに王嘉は職を辞し、故郷に帰ってしまったのだった。


「楊、鷹……?」


 背後で春全(しゅんぜん)が呟くのが聞こえた。その声音には疑問の色が窺えた。ぎくりとした心持ちは密やかに、楊鷹は至って自然な風を装って王嘉に歩み寄り、こっそりと耳打ちする。


「申し訳ないのですが、劉三(りゅうさん)と呼んでくれませんか? 訳があって、そう名乗っているのです」


 王嘉はすんなりと察してくれた。わずかばかり表情を引き締めて、小さく頷く。


「ああ、そうだ。これは失礼。楊というのは別の人間でした。そうだ、劉三殿でしたね」


 王嘉の方も至って自然に、照れ笑いのような微笑を浮かべながら言う。


「なになに? 兄貴、こいつと知り合いなの」


 下方から怪訝そうな声が飛んできた。発したのは地面に転がっている山賊の頭領である。彼はしきりに目を瞬かせながら、王嘉を見つめていた。

 王嘉が頭領に振り返り、答える。


「そうだ。都にいた時のな。なかなか腕の立つ人物でね。一目置いていたんだ」

「そ、そうなの……? あー、でも、うん……」


 頭領がちらちらと楊鷹に視線を投げかけてくる。楊鷹が見返せば、頭領はしかめっ面になり、ふいと顔を背けた。そして、ぼそりと呟く。


「畜生。酔ってなければ、捕まるなんて……」

「いや、酔っていなくても捕まっていただろうな」


 王嘉の声が、頭領の言葉を容赦なく打ち切った。頭領はぐっと喉を詰まらせると、背中を丸めて黙り込んでしまった。

 頭領が静かになると、王嘉は楊鷹の方に向き直った。


「劉三殿はどうしてこのような所に?」

「それは……」


 楊鷹は一拍間を開けてから、口を開いた。

 朱柳(しゅりゅう)県の県城で春全たちに出会ったこと、彼らが困っていた訳など、これまでの経緯をかいつまんで手短に話す。自身の身の上にはほとんど触れず、毛翠(もうすい)に関しては一切語らなかった。この辺りのことを話し始めると、話がややこしくなってしまう。

 一通り話し終えると、王嘉は腕を組んで深々と息を吐いた。


「……そのような事情だったか」


 王嘉はつかつかと頭領に近づいてしゃがみこむ。


銭秀(せんしゅう)春蘭(しゅんらん)殿のことは諦めろ」

「ええ! どうして!」


 頭領――名前は銭秀(せんしゅう)というらしい――は、目をむいて叫んだ。


「残念だが、どうあがいても脈はないそうだ」


 王嘉は銭秀を真っすぐ見つめながら、落ち着いた口調で言う。まるで、子供に言い聞かせているようだ。


「狩りから戻ったら、ちょうどお前の部下がやって来てな。ひどく焦った様子で、脈がないくせに一方的に押し入り婿などというみっともない真似をしようとしているから止めてくれ、と頼まれたんだよ。いくら反対しても聞かないから、もう頼れるのは私だけだと」

「で、でも、こいつらは、きっと上手くいくって……」


 銭秀が手下たちへ振り返る。

 六人の山賊たちは中庭の隅にかたまって、すっかり縮こまってしまっていた。王嘉もそちらを一瞥(いちべつ)する。すると、一同はびくりと肩をすくめて、それぞれ方々に視線を逸らした。

 王嘉が、幾分口調を厳しくして言った。


「そう言って一緒に来てくれたのは、彼らだけだろう」

「いや、それは、あんまり大勢だと迷惑だからって……」


 銭秀の言葉は徐々に小さくなってゆき、最後の方はほとんど聞き取れない。何事かをごにょごにょと呟いた後、ぷっつりと言葉が途切れた。

 すると、手下たちが次々に叫ぶ。


「お、俺はお頭のこと応援してましたよ!」

「お、俺だって!」

「そうだよ! だから、脈がなくったって、ちょっと強引に押し入ればいいと思ったんだ」


 そう言う小太りの男の脇を、隣にいた無精髭の男が小突く。小太りははっとして口をつぐんだ。

 王嘉は呆れたように小さく息を吐いた。楊鷹も呆れた。手下の言葉は、なんの擁護にもなっていなかった。

 王嘉がゆっくりと立ち上がり、春全に歩み寄る。


「貴方が、このお屋敷の御主人でしょうか?」

「え、ええ……」


 おずおずと春全が返事をすると、彼に向かって王嘉は深々と拱手(こうしゅ)の礼をした。


「この度は、この銭秀が迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした。ですが、どうか今回ばかりは許していただけないでしょうか。この通り粗忽者(そこつもの)ですが、悪い男ではないのです」


 楊鷹は内心ぎょっとして王嘉を見つめた。彼ほどの人物が、この山賊のために頭を下げるのが意外だったのだ。先ほどのやり取りから知り合いらしいことは察したが、思った以上に親しいらしい。

 眉尻を下げて、すっかり困った様子の春全が、忙しなく楊鷹に目配せする。その視線を受けて、楊鷹は王嘉に尋ねた。


「王教頭はこの山賊たちと知り合いなのですか?」


 王嘉は柔らかく微笑みながら答える。


「私はもう教頭ではないよ。今はしがない居食(いぐ)いの身だ。彼らとはちょっとした縁があり、慕われてしまってね」

「縁、ですか?」

「以前、狩りに出かけた際に偶然出会ってね。その時に」


 王嘉が視線で銭秀を示すと、銭秀は縛り上げられている人間だとは思えないほど、目をきらきらと輝かせながら口早に言う。


「すげーんだぜ、兄貴! 木に止まってる鳥じゃなくて、空を飛んでる鳥を射落としたんだぜ! 頭を正確に撃ち抜いてさ!」


「なるほど」と楊鷹は得心した。確かに、王嘉の弓の腕に惚れこんでしまうのも頷ける。

 王嘉の弓の腕前は本当に凄まじく、神がかっている。楊鷹も修練の場で幾度か目の当たりにしたが、王嘉が的を外すところはついぞ見たことがなかった。なんでも、興味を持った天子の御前で披露したこともあったとか。先ほど、山賊の髪の毛を的確に射抜いたあの一矢も、彼の手によるものだ。

 それに弓だけではない。槍やら棒やら刀やら、その他の武芸に関しても王嘉の腕は一級品だ。王嘉に手合わせを申し込まれて実際に勝負をした楊鷹であったが、その時ほとんど加減をしなかった。というか、加減をする余裕などなかった。それほど、王嘉は強かった。


 今になって思えば。楊鷹と互角に渡り合い、神がかった弓の腕を持つ王嘉は、果して人間なのだろうか。そんな疑問が浮かんだ。

 思わずも、じっとを見つめてしまっていたらしい。王嘉が視線を返して問いかけてくる。


「劉三殿、何か?」

「いえ……」


 言葉を濁した楊鷹は、突拍子のない考えを頭から追い出した。そして、ごまかすように言う。


「弓と言えば、先ほどは山賊を止めていただき、ありがとうございました」

「いや、例には及ばない。相手が君だったことを考えると、止めたことは彼らのためにもなっただろう」


 王嘉は銭秀の手下らを見やる。傷の男の頭に突き刺さった矢は、さすがにすでに引き抜かれていた。男は縮こまっていたものの、怪我をしている様子はない。加えて、髪型もたいして崩れていなかった。王嘉は、本当に寸分の狂いもなく、団子状にまとめた髪だけを射抜いたのだ。しかも、こんな夜に。明かりがあったとはいえ、昼より視界は悪い。

 楊鷹は苦笑しながら、「買いかぶり過ぎです」と答えた。それから、気を取り直して王嘉に尋ねた。


「彼らと知り合った後も、交流を?」


「ああ」と王嘉は頷くと、一旦口を閉ざした。銭秀の方を一度見て、それから再度楊鷹へと視線を戻す。楊鷹は思わず姿勢を正した。王嘉の瞳の光が、少しばかり鋭くなったのだ。


「銭秀たちは山賊とは言え、なかなか見どころがあってね。彼らは、良民からは決して盗まない。私腹を肥やす役人や、その役人とつながる輩しか狙わない」

「そうだ。俺らはそういういけすかねぇ奴からしか盗まねぇ。それが、俺らの決まりだ」


 王嘉に続けて、銭秀が言う。先ほどの情けない様とは異なり、不敵な笑みを浮かべる銭秀。山賊としての心意気を感じさせる、強かな面構えだ。

 王嘉の目の鋭さも相変わらずで、何処か挑戦的な色さえ見て取れた。

 楊鷹はわずかばかりうつむいた。


(突然、王嘉殿が円寧府(えんねいふ)を去ったのは、俺と同じような理由だった……)


 ただし、王嘉は楊鷹とは異なり、事が起こる前に都を出た。


 楊鷹の心が、王嘉と山賊たちに寄る。彼らは官吏(かんり)に対して、不満や怒りを抱いている。その気持ちはよく分かる。

 楊鷹は静かに問うた。


「もし、山賊たちを解放しなかった場合、王嘉殿はどうします?」

「彼らと一緒に捕まろう。私も彼らの一味のようなものだ」


 王嘉は真剣な顔つきで答えた。彼がどこまで本気なのかは図りかねるが、そう言われてしまったら、楊鷹は強く出られない。王嘉を危険な目には合わせたくない。それに、山賊たちに寄り添う彼の気持ちを、いさめることもできない。楊鷹は唇を引き結んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ