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小仙奇譚  作者: 平井みね
第一章
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山賊捕縛・二

春蘭(しゅんらん)が提案した頭領を誘い出す方法。それは次のような話であった。

 まず明日の夜、山賊たちがやって来たら、春全(しゅんぜん)も春蘭も喜んで出迎える。そして、祝いの宴席を設け、そこで山賊一行――その中でも特に頭領に――しこたま酒を飲ませる。頭領が十分に酔っぱらったところで春蘭は席を外し、その後「寝室で春蘭が待っている」と、頭領を連れ出す。そして、寝室で春蘭の代わりに待ち構えていた楊鷹(ようおう)が頭領を捕まえる。

 確かにその方法であれば、楊鷹一人であっても苦戦せずに頭領を捕まえることができるだろう。頭領さえ捕まえてしまえば、一緒にやって来た手下たちはあっさり投降するかもしれない。仮に逃してしまっても、頭領不在となれば一団は瓦解するかもしれないし、頭領が捕まったことをきっかけに再度討伐隊が山に差し向けられる可能性もある。

 方法としては悪くない。だが、春蘭が一緒に出迎えるのは危険である。春全と楊鷹は、どこか別の場所に隠れているように提案したが、しかし春蘭は頑として首を縦に振らなかった。


「危険なのは分っています。ですが、私の姿がないことで、不審に思われるかもしれません。それに、私がお酒の相手をした方が、気を許してすっかり酔っぱらってしまうと思います」


 そう、春蘭は主張した。いくら反対しても春蘭は折れず、楊鷹たちは彼女の覚悟を尊重するしかなかった。

 こうして話はまとまり、楊鷹は春全と春蘭に力を貸すこととなった。



 一行は手早く食事を済ませた後、早々と朱柳県(しゅりゅうけん)の県城を発った。

 春家村(しゅんかそん)にある春全の屋敷に到着すると、その日はさっさと休み、翌日朝から準備を始めた。

 春全、春蘭、楊鷹はもちろん、屋敷の使用人たち総出でせっせと祝宴の準備に勤しむ。屋敷中を季節の花や赤い布飾り、灯燭などでこれでもか飾り立て、中庭には机と椅子を並べる。牛肉、鶏、羊肉などの肉、さらには飯やら饅頭やら果物と大量の料理を仕込む。もちろん酒も大量に用意する。

 祝宴の場ができあがったら、後はその時が来るのを待つだけだ。


 そして、日が暮れた。


 月明かりが差し込む部屋の中、楊鷹は寝台に腰掛けて目を閉じていた。聞こえてえ来るのは虫の音と、それに重なる笑い声や話し声。外では手筈通り、宴が行なわれているようだ。弾む声音が聞こえてくるようになって、しばらく経ったように思う。既に春蘭は席を外しただろうか。


「もうすぐか」


 不意にいたいけな声が聞こえて、楊鷹ははっと目を開けた。足元をのぞき込めば、毛翠(もうすい)が寝台の下から顔をのぞかせていた。


「いつ忍び込んだんだ」


 危ないうえに足手まといになるので、屋敷の使用人に毛翠のことを頼んだはずなのに。どうして彼はここにいるのだろう。

 毛翠が不敵に笑った。


「人の目を盗むくらい、簡単なことよ」


 得意げな口調が(しゃく)に障る。楊鷹は小さく鼻を鳴らした。


「何が簡単なことだ。離れていろと言っただろう」

「その言いざまはなんだ。お前のことを心配して来てやったのに」

「余計なお世話だ」


 一層外から大きな歓声が響く。楊鷹は扉の方を見やる。今、部屋を空けることはできない。万が一にも、山賊の頭領を逃してはならないのだ。

 楊鷹は大きく息を吐く。


「そこに隠れていろよ」


 そう言ったものの、毛翠は楊鷹を凝視したまま微動だにしない。


「なんだ?」

「いや、その上着、似合わないなと改めて思って」

「今すぐひっこめ。絶対に出てくるな」


 楊鷹は噛みつくように言った。

 楊鷹は上着を羽織っていた。花の刺繍が施された絹の上着だ。女物である。これも、少しでも山賊の頭領を油断させるため。そのために、楊鷹は可憐な上着を引っ掛けているのだった。

 初めは、化粧などを施して楊鷹を完全に女性に仕立て上げようという話であったが、楊鷹は断固拒否をした。髪が短いため結うことができないし、がたいが良いのでどう着飾ったって女性には見えないだろう。結局、上着を着るということで決着がついた。

 上着だけなら、と思っていた楊鷹であったが、あまりにも似合っていないせいか、なかなか気恥ずかしい。指摘されると、さらに恥ずかしさがこみ上げてくる。


「律儀に着ていなくてもいいんじゃないか? 着たところで、ちっとも蘭ちゃんに近づいておらぬし」


 放っておいてほしいのに、さらに毛翠が言う。呆れたようなその口ぶりに加えて、春蘭のことを「蘭ちゃん」と呼んだことに、楊鷹は無性にむっとした。


「蘭ちゃんとは、随分と馴れ馴れしいな」

「別にいいではないか。あの子はわしよりずっと年下だ」


 毛翠はきっぱり言ったが、その外見では全く説得力がない。それに、馴れ馴れしいのは呼び方だけではない。


「やたらと抱き着いていたのはなんだ?」


 楊鷹が尋ねれば、毛翠は視線を彷徨わせた後、へらりと笑う。


「それは、まぁ、いいではないか。こんな姿なんだし」


 先ほどの発言との間に矛盾が生じている気がする。いら立ちを覚えた楊鷹は、じろりと毛翠をにらみつけた。


「母上という存在があるというのに?」

「いや、それは、その……」


 毛翠の口ぶりが鈍くなる。さらに腹立たしさが募ってきて、楊鷹は語気を強めて言った。


「母上のことなど、どうでもいいのだな。今も昔も」

「そんなことはない!」


 今度は毛翠はすぐさま答えた。その早い反応と強い口ぶりに楊鷹は虚を突かれ、わずかばかり目を見張った。見上げてくる緑の光は、切実なほど強い。楊鷹はしばらくその視線を静かに受け止めていたが、次第に座りが悪くなってきた。ついに、こらえきれずにふいと目を逸らす。毛翠の言葉と視線がじわじわと胸に染み込み、痛む。そんな風に、言ってほしくなかった。


「そんなこと、あるくせに」


 楊鷹はつぶやいた。ひどく苦い声だった。毛翠は何も答えなかった。

 外の騒々しさが和らいだ。もともと夜の端に取り残されたような粛々とした空間であったが、さらに静けさが満ちる。楊鷹は喉の奥が詰まるのを感じた。


「……楊鷹。今後のことで、一つ話があるのだが」


 毛翠が沈黙を破った。楊鷹はちらりと視線を下方に送る。

 その時、足音が聞こえた。この部屋の方に近づいて来る。どうやら、その時がやって来たらしい。毛翠の話には付き合っていられない。


「ちゃんと隠れてろよ」


 そう言うと、楊鷹は寝台の(とばり)を閉め、上着をかきよせ横になる。そして、上掛けを頭まで引っ被った。

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