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小仙奇譚  作者: 平井みね
第一章
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山賊捕縛・一

「私たちはここから少し離れたところにある春家村(しゅんかそん)で暮らしています。近くには蒼香(そうきょう)山があるのですが、最近その山に賊が住み着いてしまったのです」


 その話には聞き覚えがあった。昨日世話になった老爺(ろうや)が話していた。蒼香山には山賊がたむろしており、その中にはもともと役人だった者がいると、言っていた。


「その話ならば、聞いたことがあります」


 楊鷹(ようおう)が答えると、春全(しゅんぜん)は手元に視線を落とす。


「それで、ですね。娘がその山賊の頭領に目をつけられてしまいまして……」


 楊鷹はちらりと春蘭を見た。彼女は品のある美しい女性にしか見えない。山賊に対して、何か手を出してしまったとは到底思えない。山賊に目をつけられた、とはどういうことだろう。


「目をつけられてしまった……とは?」


 疑問をそのまま口にすれば、春全は盛大にため息を吐いた。


「……外出した時にたまたま頭領の男に見られてしまったようなのです。……それで、その、すっかり好意を持たれてしまいまして」


 目をつけられた、とはつまり一目惚れされてしまったということのようだ。それならば納得である。楊鷹が「なるほど」と頷くと、春全はさらに話を続けた。


「それ以来、頭領がしつこく言い寄って来るのです。しかも、高価な贈り物まで携えて……。断っていたのですが収まらず、そして今朝……」


 春全はそこで一旦言葉を止めた。白髪交じりの眉は八の字になり、すっかり困りきっている様子が見て取れた。

 そこで、楊鷹はあのごろつき都頭(ととう)とのやり取りを思い出す。あの時も、山賊の話をしていたような。しかも、あの都頭は、「嫁に出してしまえ」と言っていた。

 黙ったままの春全に対して、楊鷹は言った。


「先ほど(いさか)いになっていた時に、『嫁に出してしまえ』という言葉が聞こえましたが」


 春全は力なく頷くと、重々しく口を開く。


「突然、今朝早くに手下が数人やって来て、明日の夜に頭領が婿入りしに行くので、諸々用意しておけと言ってきたのです」

「んなっ……」


 高い声が聞こえた瞬間、楊鷹はすぐさま毛翠(もうすい)に視線を投げた。すると、毛翠は一瞬表情を強張らせるも、すぐさま「だぁだぁ」と言葉にならない声を上げる。同時に、卓の方に手を伸ばしてじたばたと空をかく。ごまかそうとしているようだ。


「今度はあのお肉が食べたいの?」


 春蘭が気が付いた。それと同時に楊鷹は動く。さっと肉の煮付けを一切れ取って、毛翠に食べさせる。毛翠は不満そうな表情で肉を口にした。しかし、咀嚼(そしゃく)しているうちにどんどん表情が緩んでゆく。

 毛翠が大人しくなったので、楊鷹は春全に向き直った。


「それは、めちゃくちゃな話ですね」


 改めてそう答えれば、春全は毛翠から楊鷹へ視線を向ける。春全はぽかんとした表情を浮かべていたが、楊鷹はそれに構うことなく話を進めた。


「誰かに相談はしたのですか?」


 我に返ったのか、春全がはっと息を呑む。


「ええ。それで今日、こちらの役所まで出向いてきたのです。ですが、話半分と言った様子で、まともに取り合ってくれません。それで、都頭の方に直接お願いをしたのですが、あのような結果になってしまいまして……」

「……そういうわけだったんですか」


 楊鷹はしみじみと言った。

 これでこの親子と都頭が揉めていた経緯がだいたい理解できた。山賊のことを役所に相談しに行ったが門前払い、直に都頭に話をしたもののやはりよい返事はもらえず、結果として揉め事になってしまったらしい。

 楊鷹は落ち着いた口調で問いかけた。


「どこか身を寄せられる場所や、頼れるご親戚の方はいないのですか?」


 春全が弱々しく首を横に振る。どうやら、楊鷹が唯一の光明であるらしい。


「そういうわけなんです。どうか、娘を守ってもらえないでしょうか。先ほどの身をこなしを見るに、腕が立つ方だとお見受けします。お子さんを連れているところ、大変申し訳ないこととは思っています。ですが、どうかお願いします。このままでは家に帰れません」


 春全ががばりと頭を下げる。楊鷹は慌てて身を乗り出して春全の肩を掴んだ。


「顔を上げてください」


 春全がゆっくりと上体を起こす。しかし、頭は下がったままだ。深々とうなだれている。心底困っているのが伝わって来る。ちらと横を窺えば、春蘭の表情も陰りを帯びたままだ。


 楊鷹は顎に手を当てて考える。


 彼らの頼みを聞いたら、当然だがその分旅の歩みは遅れてしまう。一刻も早く藍耀海(らんようかい)に行きたい楊鷹にとって、寄り道は極力避けるべきだ。

 だが、彼らを放っておくのも嫌だった。元は武官として、国や民のために働いていた身だ。困っている人々を助けたい、という思いは強い。ここで彼らを助けなかったら、あの都頭、しいては欲にまみれて世情に見向きもしなかった中央の高官たちと同じになってしまう。あんな奴らのように、堕落した心の人間にはなりたくない。

 それに、いくら助けたお礼と言えども、これだけご馳走になってしまっている手前、簡単には断れない。

 さらに加えてもう一つ。

 春蘭の腕の中から毛翠がじっとりとにらみつけてきている。ここで頼みを断ったら、後々まで文句を言われそうである。それ以前に、楊鷹に断らせないように面倒を起こす気がしてならない。


 彼らの力になりたいと、楊鷹の気持ちは大きく傾く。傾きながらも、冷静な思考がめぐる。

 春蘭を守ると言うのは、どのようなことか。山賊たちを追い返せばよいのだろうか。仮にそうだとして、果たして自分の力だけでできるのか。先の都頭曰く「相手は想像以上の手練れ」らしい。楊鷹の身体能力がいくら優れていても、相手の人数が多ければ守りきれないかもしれない。そして、明日の晩だけ退ければいいのかどうか。とりあえず明日一晩を(しの)げればよい、ということかもしれない。だが、その場合それ以降はどうするのか。


(追い返すよりかは捕まえてしまった方がいいか……)


 思案を続ける楊鷹。しばらく黙りこくっていたら、春全が恐る恐るといった調子で視線を向けてくる。


「あの、どうでしょうか……」

「お力を貸したい気持ちはあります。ですが、自分一人の力でどうにかなるものかと」


 楊鷹がそう言えば、毛翠がすぐさま反応した。さっと手を伸ばして、楊鷹の袖を握りしめる。

 誰も助けないとは言っていないだろうに、気の早い奴だ。楊鷹はつい舌打ちしそうになったが、それはすんでのところで堪えた。

 毛翠の方は見ずに、楊鷹は尋ねる。


「もう少し話を聞かせてください。明日、どれくらいの人数でやって来るか分かりますか?」

「ええと、はっきりとは分かりません。そんなに大勢では来ないと言っていたような気がします。迷惑はかけないからから安心しろと、言ってました」


 随分と血迷ったことを言う山賊である。迷惑は既にかけているうえに、賊から安心しろと言われて安心できるわけがない。

 それはさておき、そんなに大勢ではないとなればいけるだろうか。


「山賊は全部でどれくらいの人数か知っていますか?」

「山には五十人程いると言う噂です」

「五十……」


 楊鷹はぽつりとつぶやいた。

 それで大勢でないならば十人、多く見積もっても二十程度か。それならば、多すぎることはない。たとえ一斉に相手をすることになっても(さば)ききれるだろう。しかし、できることなら一度に多くの人数とやり合うのは避けたいところである。


「あの……」


 控えめな女性の声が聞こえた。春蘭の声だ。楊鷹は隣に振り返る。


「どうした、春蘭?」


 春全が聞けば、春蘭は一拍間を開けてから口を開く。


「頭領だけを誘いだせたとしたら、どうでしょうか」

「何かいい方法があるのか?」


 春全の問いかけに、春蘭はしっかりと頷いて楊鷹を見た。寄せられた柳眉(りゅうび)の下、黒玉のような瞳に宿る光は強い。


「詳しく聞かせてもらえますか?」


 凛とした光をしかと受け止めた楊鷹は、少しばかり声を潜めて言った。

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