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小仙奇譚  作者: 平井みね
第二章
109/131

戦いに向けて・一

 それから、もう少し話し合った結果、銭秀(せんしゅう)たちと超慈(ちょうじ)が、荘炎魏(そうえんぎ)を誘い出す水辺を探しに行くことに決まった。

 なんでも、銭秀たちはこのようなことが得意らしい。一体いつ、どこで、どうやって獲物を襲えば上手くゆくのか、山賊稼業に繰り出すときは、いつも綿密に作戦を立てているとのこと。その土地に詳しい人物に話を聞き、実地を確認し、ときには地図まで書き起こして、あれやこれやと考える。つまるところ、銭秀たち蒼香山(そうきょうざん)の山賊は、地勢を調べるという作業において、豊富な知識と経験を持っているのだ。

 一人一人の才能や能力を見極めて登用すべし。その昔、詩人としても名を()せたとある官人が、皇帝にそう進言したとか、していないとか。誰が残した言葉なのか定かではないが、他にやっておきたいことがあった楊鷹(ようおう)は、その金言に従ったのだった。


 土地勘のある超慈も――弟に身体を貸している間の出来事は一切覚えていないので、超慈に戻った後、諸々をごまかすのに少々骨が折れたが――、案内役を兼ねて同行する運びとなった。

「絶対にいい場所を見つけてきてやるから、任せておけ」と、銭秀は揚々(ようよう)と宣言すると、超慈や手下たちと共に、あの神速のおふだのあまりを張りつけて、颯爽と屋敷から飛び出していった。


 屋敷に残ったのは、楊鷹、王嘉(おうか)、それから毛翠(もうすい)月蓉(げつよう)の四人。このうち月蓉と毛翠には、少し休んでもらうようにした。昨夜、二人はほとんど眠れなかったらしい。実際、話し合いが終わる頃、毛翠は眠たそうに欠伸(あくび)を連発していた。月蓉も、目をぎゅっと閉じてはまた開くという仕草を何度か繰り返していたが、どうやらそれは眠気覚ましだったらしい。食事を持ってきたり人を呼びにいったりと、てきぱき動いていた彼女も、限界に達したようだった。


 そして、楊鷹と王嘉はというと、二人で手合わせをすることになった。

 この手合わせが、楊鷹のやっておきたかったことである。十日近く閉じこめられていたうえ、倒れて半日眠っていたのだ。なるべく動くようにしていたものの、体は(なま)っているに違いない。決戦の日は近い。早々に鋭さを取り戻さねばならない。否、一層鋭利に()ぎ澄ましておきたかった。


 里正(りせい)に一言断って、楊鷹と王嘉は屋敷の裏手に向かった。屋敷の裏、馬小屋の周辺は空き地になっているようで、ゆえにそこを練兵場の代わりとしたのだ。いざやって来てみると、確かに馬小屋の前は広々と開けていた。小屋の隣に柳が一本あるだけで、庭木と思しき植物もない。そして、その柳の木陰が、何やら物々しいことになっていた。兵器がいくつも置かれていたのである。

 兵器の山を前にして、楊鷹は面食らう。すると、王嘉が言った。


「これは、銭秀たちが山から持ってきたものだ」

「こんなにいろいろと……。すごいな」


 思わず、楊鷹はつぶやく。刀剣に槍、それから、大きな鉄製の筒のような物体まである。この筒状のものは、火器だろうか。何はともあれ、これだけの荷物を運んできたということは、馬車か何かで北汀村(ほくていそん)まで来たのだろうが、となるとよくもまあ、十日もかからずに来られたものだ。改めて、あのおふだの効果には舌を巻いてしまう。


 楊鷹は仙器(せんき)の剣を柳に立てかけると、数ある兵器の中から一振りの剣を手に取った。

 王嘉との手合わせで、仙器の剣を使うのは危険すぎる。普通の剣では、人間の胴体を真っ二つに斬り分けることなど、そう簡単にはできない。だが、仙器は違う。あの翡翠(ひすい)の刃は、恐ろしいほど滑らかに骨肉を断つ。まるで容赦のない逸物(いつぶつ)、あれは人に対して(ふる)って良いものではない。

 楊鷹は、剣を鞘から引き抜いて、剣身を確かめる。刃こぼれのない滑らかな刃だ。これはこれで、上等な剣である。ただ、柄についている剣穂(けんすい)は短いので、これは仙器の長穂(ちょうすい)に付け替えることにした。

 剣を一旦鞘に収めて元の場所に戻し、仙器の柄から長穂を外す。

 そのとき、王嘉が尋ねた。


「いくつか、確認したいことがあるのだが、いいだろうか?」

「はい。なんでしょうか」


 楊鷹は手を止めて、王嘉へと視線を移した。


「私は弓で君を援護すれば、良いのか? 銭秀(せんしゅう)たちが水辺を探りに行くと決まったときに、そのようなことを頼んでいただろう?」


 王嘉(おうか)の言うとおり、楊鷹(ようおう)荘炎魏(そうえんぎ)を誘い出す水辺について、銭秀たちに一つ注文をつけ加えた。喬徳(きょうとく)の屋敷との距離や水の深さの他に、弓で狙える場所かどうか、そのことも鑑みてくれ、と。

 楊鷹は「そのつもりです」と答えると、王嘉に向き直った。


「神仙と直接戦うのは、いくら王嘉殿といえども不利すぎます」


 仙器は人間に対して使ってはならない。楊鷹はそう考えているものの、荘炎魏は違う。あの残忍な神仙は、人に対しても平然と仙器を振るうだろう。

 もしかしたら奴は、人間だからこそ、そうするのかもしれない。容易く潰れる人の柔さを、味わうために。

 楊鷹の頭の中に、そのような考えがよぎる。ぞわりと肌が粟立ち、長穂(ちょうすい)を握る手に力がこもる。

 神仙以外の命を、命と思わない輩。恐怖を覚えるも、それ以上に腹立たしくてたまらない。


「……仙器がなければ、命を無駄に散らすだけです」


 そう告げた声は、思いのほか苦々しい。楊鷹は、一つ息を吐いて気を取り直す。それから、先を続けた。


「ですから、王嘉殿にはなるべく遠くから、援護してもらいたいと考えています」


 王嘉は腕を組んで黙りこんだ。どうやら、何事かを考えているようだ。

 じっと楊鷹は待つ。(うる)んだ涼風と共に、数匹の蜻蛉(とんぼ)がすっと飛び去ってゆく。

 やがて、王嘉はおもむろに尋ねた。

 

「君は、人間の手では神仙に傷を負わせることは、不可能だと話していた。つまり、人間は神仙の前では無力に等しい。しかし、私の弓は違う……のだな?」


 その口ぶり、おそらく彼はすでに楊鷹の考えを察している。

「はい」と、楊鷹は頷いた。すると、王嘉は再度尋ねた。


「相手に傷を負わせる、ということは考えなくてよい、と?」

「そうです。傷をつける、というよりも相手を邪魔してください。大した威力はなくとも、矢が飛んで来たら鬱陶しいでしょうし、当たれば痛いはずです」


 黎颫(りふ)と戦ったときのことを思い出してみるに。その体の頑丈さは常軌を逸しているものの、感覚はおそらく人と大差ない。

 仙器でない剣で黎颫を斬りつけたとき、刃は確かに彼女の細腕を捉えたものの、かすり傷のような浅手を負わせただけで、剣の方がひん曲がってしまった。しかし、黎颫は「痛い」と叫んでいた。つまり、致命傷にはならずとも、痛みははっきりと感じるのだ。となれば、人間の放った矢であっても、まったく無視はできまい。 仮に当たらずとも、次々と矢が飛んでくるだけでも、邪魔くさいに決まっている。矢よりもずっと小さい羽虫とて、目の前を飛び回っていたら、手で追い払いたくなるものだ。

 そうして矢を避けたり、払ったりしたならば。その瞬間――本当に本当に一瞬かもしれないが――、隙が生まれる。

 王嘉が、楊鷹を真っ直ぐ見つめる。その眼差しは明るく、鋭い。 


「君が有利に立ち回れるように、または相手に隙が生じるように、弓で牽制(けんせい)する。それが私の仕事、というわけだ」

「そうです。上手い具合に矢を射かけて、荘炎魏の勢いをそいでください」


 楊鷹は、さらりと言った。相当無茶な注文をしている自覚はあった。敵ばかりを妨害するように矢を射るだなんて、相当な腕前がなければできやしない。しかし、王嘉であれば呑んでくれるだろう。彼にとっては、決して無茶ではないはずだ。

 案の定というべきか、王嘉の瞳は一切曇っておらず、それどころか先ほどよりも爛々(らんらん)と輝いていた。その光の奥に燃えるのは、闘志。

 凛然と、王嘉は笑った。


「君の考え、重々承知した。一矢どころか十矢、いやそれ以上に報いてみせよう」


 自負に満ちた言葉はもちろん、朗らかな声音も頼もしい。

 遠くに見える希望の光が、ぽっと大きくなった。命と思われない存在の底力、見せてやろうではないか。

 同じく闘志を湛えた明るい瞳で、楊鷹は王嘉を見返す。


「よろしくお願いします。俺も絶対に負けません」


 王嘉は今一度頷くと、兵器の山に向き直る。

 

「その荘炎魏という神仙が、得意とする兵器はなんだい?」

「剣……だと思います。以前、襲われたときは、剣を振るっていました」

「それじゃあ、合わせて私も剣にしようか。剣の相手にどう立ち回るか、君の動きをしかと確かめなければ」


 王嘉は剣を手に取ると、流し目で楊鷹を見た。


「この手合わせ、単に体がなまっているから、というだけではなく、私と君とが息を合わせるための練習も兼ねているんだろう?」


 さすが王嘉である。彼は楊鷹の意図など、何から何までお見通しのようだ。つい、楊鷹は笑ってしまった。


「そうです、それもあります。ここしばらく、王嘉殿と手合わせする機会もありませんでしたから。俺の動きの癖を、思い出してください」


 敵だけを邪魔立てするとなると、正確に弓を射る腕は当然のこととして、さらに味方の動きを読みきるがんも必要になってくる。この手合わせ、体が鈍った己のためだけのものではない。


「分かった。君の動きを見極められるよう、精一杯努めよう」


 はたまた心強い返事を返しながら、王嘉は剣を鞘から引き抜いた。そして、感触を確かめるように、剣を数度くるくると回してみせる。なんとも軽やかな手並みである。武芸十八般に通じている王嘉は、弓のみならず剣や槍の扱いにも長けていた。

 

「よし。この剣で行こう」


 此度の得物を決めた王嘉は、颯爽とした足取りで楊鷹から離れた。

 楊鷹も、手早く長穂を柄に結びつけると、駆け足で王嘉の対面に陣取る。両者の距離は、十歩ほど。


「それでは、始めようか」

「はい。お願いします」


 二人とも丁重に一礼する。それから、おのおの手にしている剣を構えた。どちらも切っ先を相手に向け、もう一方の手で剣指けんしをつくる。

 場の空気が一変した。緊張の糸が、ぴんと張り詰める。風が途絶え、音が消えた。

 楊鷹は、静かに深呼吸をした。心のうちに、冴え冴えとした水面が広がる。

 ふいに、一匹の蜻蛉が飛んできて、楊鷹が構える剣の先に止まった。風が、そっと息を吹き返す。玻璃(はり)のような(はね)が震え、きらめく。青白い虫の影が、音もなく飛び上がる。

 それが合図となった。小気味よい足音が、静寂を割る。楊鷹と王嘉と、土を蹴ったのは同時だった。

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