頼れる仲間・六
「はあ? てめぇ、何言ってんだ!」
怒声を轟かせながら、超慈が腰を浮かせる。けれども、立ち上がることはなかった。怒髪は天を衝いた途端にしおれた。突如、彼はがっくりとくずおれるように、座りこむ。椅子が跳ね、大きな音が鳴る。その音を最後に、超慈は大人しくなった。彼は深々と項垂れたまま、ぴくりとも動かない。
「おい、大丈夫か?」
銭秀が恐る恐るといった様子で声をかける。超慈のそばに座っていた月蓉が、彼の肩を軽く叩きながら、「超亮さん」と小声で呼びかける。すると、茶色い頭がぴくりと動いた。そのままゆっくりと、彼は顔を上げた。
「失礼しました。大丈夫です」
超慈の口から出てきたのは、落ち着いた声と丁寧な言葉。まったくもって、らしくない。口調のみならず、顔つきも一変している。無骨な髭面は無表情、眉間を初めどこにもしわはない。怒りの波が鎮まったのだとしても、度が過ぎている。凪いだ、というよりも、きれいさっぱり波が消えた。
あまりの変わりっぷりに、銭秀とその手下は目を丸くしていた。王嘉も不思議そうな様子で、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
どうやら、彼らは超亮のことを知らないようだ。さて、何をどう説明したものか。楊鷹 が迷っていると、当の本人が口を開いた。
「王嘉殿と銭秀殿、でしたよね。お初にお目にかかります。私は、姓は超、名は亮と申しまして、血のつながった超慈の弟です」
超亮は立ち上がると、恭しく拱手の礼をした。
「……どういうこと?」
銭秀が、月蓉と楊鷹とを交互に見やる。
どうもこうも、そのまま素直に説明するしかない。楊鷹は言った。
「彼は今、超慈ではない。超慈の弟の超亮なんだ。実は訳あって、超慈には死んでしまった弟が憑いているんだ。それでときに、こうして弟の超亮の方が、兄の体を借りて現れる」
「超慈は憑き物つきなんだ。超慈本人は、自覚していないらしいがな」
毛翠も口を揃える。
銭秀たち蒼香山 の一行と王嘉が、無言で月蓉を見る。その八つの瞳は雄弁に、事の真偽を問うていた。月蓉は困ったように笑いながら、
「その通りです」
と、一言答える。
すると、超亮が再度礼を捧げた。
「驚かせて、申し訳ありません」
「憑き物つき……」
銭秀がぼんやりとつぶやく。次の瞬間、彼は突然吹き出した。
「神仙の次は憑き物かよ。こりゃあ、すげえや。ね、兄貴」
銭秀はけらけら笑いながら、王嘉の肩を叩く。すると、王嘉もくすりと笑う。
「まったく、盛り沢山だな」
神仙の存在を知った彼らにとって、憑き物つきは最早ありがちな存在となっているようだった。銭秀の手下たちも「そういうわけですかい」と、妙に得心している。超慈の変貌ぶりだけでなく、流暢に話す赤子までいるのだから、疑う余地はないのだろう。
さっぱりとした表情を浮かべる皆を眺めながら、楊鷹は思う。
(完全に、こちら側に引っ張りこんでしまったな……)
超慈はともかくとして、王嘉も銭秀も、手下の二人も、そして月蓉も、彼らは普通の人間だ。それなのに、神仙やら何やらという、非常の世界が当たり前となりつつある。今更ながら、なんだか申し訳ない気持ちがよぎる。
同時に、痛感する。
(やはり、俺は普通の人間ではないのだな……)と。
半人半仙である以上、向こう側には行けない。
だが、不思議と寂しさは感じなかった。むしろ、ますます闘志がみなぎってくる。手を貸してくれる皆が無事に日常に戻れるように、そのためにも何が何でもやらねばならない。
楊鷹は一つ咳払いをすると、話を戻した。
「超亮、確か貴方は、泳ぐことが得意だったなと?」
「はい、得意です。人並み以上……いえ、このようになってからは、かなり人間離れした泳ぎもできるようになりました」
「確か前に、一日中潜っていられそう 、とか言っておったな……」
毛翠がつぶやくように言えば、銭秀が口笛を吹き鳴らす。
「そりゃ、すげぇや」
楊鷹は、超亮を真っ直ぐ見つめた。
「荘炎魏 に重石を取りつける役目を、頼みたい。ただ、荘炎魏が抵抗する可能性も、ないとは言いきれない。危険な役目だが、やってもらえるだろうか?」
真水のように澄んだ顔つきは、微動だにしない。しかし、その瞳に宿る光は、強かった。
超亮は静々と両手を合わせると、一礼した。
「その役目、お受けいたします。尖と泰を殺された兄者の無念を晴らすためにも、むしろ、やらせていただきたい」
尖と泰。その名前を聞いて、楊鷹は憔悴した超慈の姿を思い出す。彼は背中を丸めたまま、小さな墓石の前から動こうとしなかった。
兄を慕う弟の、その強かな眼光をしかと受けとめながら、楊鷹は応える。
「ありがとう、超亮。……その無念、必ず晴らそう」
楊鷹に続けて、毛翠がちょこんと頭を下げる。
「わしからも礼を言わせてくれ。死しても力を貸してくれる心意気、本当に感謝する」
「いえ、私は兄者のためにやるのです。ですから、礼には及びませんよ」
さらりと流れ出たのは、労りの言葉か。いや、超亮のことだから、きっとそうではない。
楊鷹の口から、小さな笑い声がもれる。毛翠が、まじまじと超亮を見つめる。
「……お前、やっぱり超慈のことが大好きだろう?」
「違います。そうしてやらないと兄者の暮らしがさらに荒れそうなので、それを心配してのことです」
ぴしゃりと冷や水を浴びせかけるように、超亮は即座に否定する。
兄のみならず弟も、相変わらずであった。
そう、彼らは変わらない。超慈も超亮も、出会ったそのときからずっと楊鷹たちに手を貸してくれているのだった。親族でも顔見知りでも、なんなら隣人でもない。縁もゆかりもない、緑色の目をした異様な風貌のよそ者だというのに。
毛翠が、くすくすと可愛らしい声で笑う。
「その変わらないところ、まったく兄弟そろって頼もしいな」




