表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小仙奇譚  作者: 平井みね
第二章
107/131

頼れる仲間・五

 彼の(びん)には大振りの桔梗(ききょう)が一輪、(あで)やかに青紫(せいし)の花弁を広げている。季節の花で頭を飾るのが趣味なのか、相変わらず粋ないで立ちである。


「よう、弟。大変な目にあったようだが、無事で何よりだ」


 銭秀(せんしゅう)楊鷹(ようおう)に向かって言った。

 義兄弟の契りを結んだとはいえ、そのときのことを楊鷹はまるで覚えていない。そんな契りなど反故(ほご)にしたって良いだろうに、律儀に銭秀は「弟」と呼ぶ。以前は困惑が勝った楊鷹だったが、今はその親しみのある呼び方が心強い。

 楊鷹は、(うやうや)しく一礼した。


「銭秀も、遠いところをわざわざありがとう」

「良いってことよ。お前にゃ、あのちまっこい神仙を追っ払ってくれた恩があるからな。今度はこっちが助ける番だ。なあ、そうだよな、お前ら」


 銭秀が背後に振り返り、同意を求める。すると「そうですとも」と、朗らかな答えが返ってきた。


「兄貴がいなけりゃ、今頃俺たちはひき肉になってましたよ」

「困ったときは助け合うもんです」


 言いながら、二人の男がやって来て銭秀の両隣にそれぞれ並んだ。一人は顔に傷があり、もう一人は(あご) に髭を蓄えている。二人の顔に、楊鷹は見覚えがあった。彼らは蒼香山(そうきょうざん)の山賊、銭秀の手下たちだ。


「というわけで、こき使ってくれ。特に働き者の奴らを連れてきたからな」


 銭秀が両脇に立つ手下たちの背中を叩き、にっと笑う。なんとも朗らかな笑顔だ。

 そのとき、その(なご)やかな雰囲気を台無しにするような、しかめっ面の男がやって来た。超慈(ちょうじ)である。彼の後ろには月蓉(げつよう)が続き、彼女は書室に入ると静かに扉を閉めた。

 超慈がじろりと楊鷹を一瞥し、尋ねた。


「てめぇ、もう体は大丈夫なのかよ?」


 荒っぽい口調で案じているのが、彼らしい。


「ああ、もう大丈夫だ」


 楊鷹がしかと頷けば、超慈はほっと小さく息を吐いた。その吐息は、安堵からくるものなのだろうか。心なしか、眉間のしわも少々薄くなったようだ。

 楊鷹は言った。


「心配をかけてすまなかった」

「大して心配なんかしてねぇよ」

「嘘つけ」


 ぶっきらぼうに否定する超慈を、毛翠(もうすい)がさらに否定した。


「心配のあまり家に帰らず、ずっとこの屋敷にいたくせに」

「そうだったのか?」


 楊鷹がまじまじと超慈を見つめれば、彼は盛大に顔をしかめた。


「心配してねぇっつうの!」

「本当に、素直でないの」


 おちょくるように、毛翠が口をとがらせる。そのわざとらしい仕草に対して、超慈は鼻を鳴らすと、片手をひらひらと振った。


「無駄口叩いてねぇで、さっさと話とやらを始めろ。時間、ねぇんだろうが」


 そう言うと、超慈は壁際にあった椅子をつくえの前に並べ、皆に座るよう促す。口調にも表情にも愛想はないが、本当に気の利く男だ。一笑しながら、楊鷹も一同に座るよう言った。

 王嘉(おうか)、銭秀、月蓉と、それから超慈が席につく。手下の二人は、銭秀の後ろにそろって立ち並ぶ。

 めいめいが座に収まると、楊鷹は毛翠を抱いたまま彼らの前に立った。そして、集った仲間たちをぐるりと見回す。暗い顔をしている者は、誰一人としていない。

 胸の底から、熱いものがこみ上げてくる。ぎゅうと、毛翠が襟元(えりもと)を握りしめる。同じ景色を見ている彼も、何か感じ入っているのだろうか。


(みんなの心意気を、決して無駄にはしない)


 楊鷹は改めてそう決意すると、おもむろに口を開いた。


 まず手始めに、今までの経緯を簡単に話す。神仙に命を狙われていること。非道な約束によって、その神仙と戦わなければならない状況になってしまったこと。そして、次の新月の日が決戦のときであり、その日はあと数日後に迫っていることなどを、かい摘んで話した。


 次いで、この戦いにおいて、ひとまずどこを目当てとするかを話した。敵である神仙は二人おり、狙うのは荘炎魏(そうえんぎ)という名の神仙。しかし、神仙は不老不死、その命を狙ったところで意味がない。ゆえに力を削いで撤退を促すか、動きを封じるか、どちらかの手を取る必要があるということ。また、普通の武器ではまともに傷つけることができず、唯一通じるのは己が持つ仙器の剣だけである、ということも伝えた。


「そういうことだから、皆に直に荘炎魏と戦ってもらうつもりはない。直接奴と刃を交えるのは、俺がやらなければならないことだ。皆には、俺と荘炎魏の戦っている際に、援護をしてもらいたいと考えている」


 いくら強くとも、人間である以上仙器は扱えない。そのため、人間は神仙とはまともに戦うことはできない。しかし、そのことを差し引いても、楊鷹(ようおう)は荘炎魏と戦うのは己の役目だと考えていた。己がまいた種である以上、刈り取るのもまた自身の手でやらねばならない。


「ただ、皆の協力があっても、そう簡単に勝てる相手じゃあない。荘炎魏の強さは尋常ではなく、正面から挑んでも勝機は薄いと思う」


 楊鷹は正直に語った。だが、その口調は生生(いきいき)としており、揺るぎない。


「だが、どんなに相手が強くとも、死ぬ気も負ける気もない。だから、どうか俺に命を預けてほしい」


 皆を見つめて、楊鷹は力強く言い切ると、そこで一旦言葉を切った。

 場に沈黙が満ちる。しかしながら、重苦しい空気ではない。窓から差し込む陽光は、未だ眩しいほど。光は、一切陰っていない。

 ふいに、腕の中で毛翠(もうすい)がもぞもぞと動く。彼は小さな体を目一杯ひねり、できるかぎり正面に向けた。澄んだ緑色の瞳が、集った一同をじっと見据える。


「そもそもの事の発端は、わしにある。だが、このような姿となった今、わしにできることはない。皆、巻きこんでしまって本当にすまないが、どうかよろしく頼む」


 赤子は滔々(とうとう)と語ると、最後にぺこりと頭を下げた。

 銭秀(せんしゅう)が、ふっと息をもらした。


「おう、任せてくれ。俺はやりがいのある相手の方が、燃える性質(たち)なん だ」


 山賊らしく不敵に笑うと、彼は椅子から身を乗り出した。


「それで、その一筋縄じゃいかない神仙様に対して、どうやり合おうってんだ? 俺たちを呼びつけたってことは、何か考えがあるんだろ?」


 楊鷹は頷く。


「ああ。一応、策は考えた」

「おうおう、そりゃあ一体どんな手だ?」


 まるで子供のように、目を爛々(らんらん)とさせながら銭秀は問う。

 楊鷹は、ちらりと毛翠を見てから言った。


「毛翠の話では、荘炎魏は水を不得手としているようだ。だから、水中に沈めてしまいたい。まず、荘炎魏を水辺に誘い出し、一戦交える。そして、その戦いの最中でどうにか奴の隙をついて水の中に突き落とし、そのまま沈める。幸いここは水辺だから、その機会は十分にあると思う」


 そこまで言ったところで、楊鷹は微かに眉をひそめた。


「ただ、沈めるのに適した場所がどこかは、まだ分からない」


 祠廟(しびょう)に閉じ込められている間、どうにかして外に出たいと思ったのは、この水場探しが理由である。盧湖(ろこ)は広く、そこから延びる川は幾筋もある。当然、それぞれに深さや地形は異なっている。沈めるにしても、あまりにも浅いところでは失敗するだろう。そして、慧牙(けいが)開心林(かいしんりん)にある喬徳(きょうとく)の屋敷までやって来るように言っていた。つまり、そこから荘炎魏を誘い出す、ということも鑑みねばならない。

 そのため、沈めるのにちょうど良い場所がどこか探しに行きたかった――、もといそのような場所が本当に存在するのか、確かめたかったのだ。万が一にも、具合の良い水辺が見つからなかったら、また作戦を一から練り直さねばならない。


「それじゃあまずは、その適した場所を探る必要があるのか……」


  銭秀はつぶやくように言うと、(あご)に手を当てた。何やら考えている様子である。

 銭秀が静かになると、今度は超慈(ちょうじ)が尋ねた。


「確かにこの辺りは水辺だが、沈めるってどうするんだ? 重石(おもし)か何かつけるってことか?」

「ああ。重石をつけて、浮き上がってこないようにする」

「その重石はいつ取り付けるんだ? 戦ってる最中に仕込むのか?」

「……そんな事をしている余裕はないだろうな」


 荘炎魏との戦いは、間違いなく厳しいものになる。その戦いの最中に、奴の体に石やら鋼やらをこっそり取りつける、などという奇術じみた真似は、まず不可能だ。

 楊鷹は言った。


「だから、水中に突き落とした後、水の中で重石をつける。水中の方が、奴の隙は大きくなるはずだ。重石をつけるなら、そのときのほうがやりやすいと思う」

「そりゃあ、その荘炎魏とかいう奴は、金づちってことなのか?」

「それは分からないが……」


 楊鷹が言葉を濁せば、代わりとばかりに毛翠が答える。


「大昔、わしは荘炎魏と少しやり合ったことがある。そのとき、わしは池の中に落ちてしまったのだが、そのまましばらく水中に潜んでいたんだ。その間、荘炎魏はまったく手を出してこなかった。金づちかどうかは正直分からんが、泳ぐことについてはさほど人間と変わらないと思うぞ。むしろ、下手かもしれない」


 超慈は腕組をしながら、「なるほど」とつぶやいた。しかし、その表情にはまだ怪訝の色が漂っている。


「それじゃあ、てめぇも一緒に水の中に落ちて、それで相手に重石をつける、と? てめぇは、その荘炎魏よりも泳ぎが上手いと、そう確信できるほど泳げるのか?」


 楊鷹は「いいや」と、首を横に振った。


「泳ぐのは、得意というほどではない」

「それじゃあ、どうするんだ?」


 超慈が言えば、毛翠が楊鷹をじろりとねめあげる。


「……お前、また何か無茶をするつもりじゃないだろうな」


 楊鷹は黙りこくった。それから、銭秀と王嘉(おうか)一瞥(いちべつ)する。まるで何も考えていない、というわけではない。ただ、二人の前では、少々口にするのが(はばか)られる。果たして、彼らは超慈の身の上を、すでに聞いているのだろうか。

 超慈が、思い切り顔をしかめた。


「なんだ? そこもまだ分からねぇのか?」

「いや、考えはある」


 時間が惜しい中、話を滞らせるのは悪手でしかない。楊鷹は、超慈を真っ直ぐ見つめながら告げた。


「重石を取りつける役目は、超亮(ちょうりょう)に頼みたい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ