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Chap.4

Chap.4


 中三の三学期。ある日の放課後。

 教室で、窓の外——確か野球部が練習していたと記憶している——を眺めながら数人の友達と話していた。なぜだか男子の品定めが始まり(まあなぜも何も、中学生女子にはよくあることだ)、

「やっぱうちの学年で一番モテるっていったら、遠野だよね」

「だねえ。ネクタイも校章も争奪戦だろうね。バトルだよ」

「血を見るかも」

「ははは。矢の射掛け合いだ。うちの弓道部って、女子がもう圧倒的に多いじゃん。あれ絶対遠野のせいだもんね。他に顔のいいのいないもん」

「失礼ね。岡崎がいるじゃない」

「ぷっ。そんなふうに思うのは優だけ!」

「情けないねえ、男目当てに部活入るなんて。ちゃんと練習してないんじゃないの、あの女子軍団。遠野に見惚れてばっかで」

「あーでもね、それわかる。私も前にさ、黛先生に用があって弓道場に行ったことがあったの。部活の時間に。そしたらちょうど遠野が練習しててさ、かっこよかったよ、マジで。あれはね、見惚れるよ」

「わー、清香、フタマタ発言!森本に言っちゃおっかなー」

「違うって!そういうんじゃないの!純粋に、なんていうか、ほら、目の保養になるっていう感じ。的に集中して、弓を引き絞ってる時の横顔がすごい綺麗だった。弓道着も似合っててさあ。若武者!って感じだったよ。ねえ、優なんて、遠野みたいのモデルにして絵描いてみたいとか思わない?」

 訊かれて、優は鼻に皺を寄せて言ったのだ。

「んー、別に。あんまり好きじゃないの、ああいうタイプ。なんかモテすぎて、それを本人も十分承知してて、『俺モテるけど、それが何か?』みたいな感じしない?美しくないんだよね、そういうとこが」

 すると背後から声がした。

「別に好きでモテてるわけじゃない」

 ぎょっとして振り向くと、秀が、こちらに背を向けて教室を出て行くところだった。

「あ…」

 あの時の気持ちは忘れられない。ざあっと全身から血の気が引いた。辺りがぐるぐる回った。覆水盆に返らず。spilt milk。四頭立ての馬車で追いかけても追いつかない。言った言葉は取り消せない。

 何度も謝ろうと思った。いっそ手紙を書こうかとも思った。でも、同じクラスとはいえ、元々たいして話をするような仲ではなかったから、なかなか話すきっかけがつかめず、手紙もどう書いていいかわからず、受験で忙しかったのも言い訳にして、結局そのまま卒業してしまったのだった。


「おはよ」

 にこりとして秀が言う。 

 笑うと、涼しい目元が妙に色っぽい。

「お、おはよう」

 声が喉に引っかかって掠れる。

 そのまま行ってしまいそうになった秀に、思わず呼びかけていた。

「遠野」

 秀が振り向く。よく考える前に言っていた。

「あの時は、本当に、本当に、ごめん!」

 深く頭を下げてから恐る恐る顔を上げると、きょとんとした秀の顔があった。

「あの時?」

 今は中二の秋だ。あの出来事は中三の三学期。

 しまった。

「ああ…、えっと…」

 どうしよう。

 そこへタイミングよく、

「練習始めるよー!」

 教卓のところから雅也の声が掛かった。教室のあちこちからそれに応える声が上がり、みんなが動き出す。それに紛れて、優も急いで女の子達の方へ移動した。

 助かった。

 

 合唱の練習は、信じられないくらい楽しかった。

 そもそも、合唱なんていうものをしたのは高校以来で、ほとんど恍惚となってしまったくらい気持ちがよかった。カラオケとは全然違う。しかも見つめる目の先は雅也だ。大好きだった顔。

 ああ、幸せ。

 ちゃんと覚えておいて、朝起きたらもう一度肖像画を描こう。

 あのキリリとした眉。切れ長の理知的な瞳。

 特徴的なのはあの顎のラインだな。あの角度をきっちり覚えておかねば。

 ピアノ伴奏のテープを巻き戻している間、しゃべったりふざけたり伸びをしたりしているクラスメイトたちの向こうから、秀がもの問いたげな視線をちらりと投げてきた。慌てて気づかないふりをして目を逸らす。

 遠野に、今がいつかも考えずに謝っちゃったのはまずかったけど、ま、やってしまったものは仕方がない。一体なんのことだと追及されたら、…追及されたら、まあ適当に誤魔化そう。

 いいんだ、そういえばこれって夢なんだし。

 

 案の定、練習の後、机と椅子を通常の位置に戻す騒音の中で、秀が話しかけてきた(なんと、席が隣同士だった)。

「七瀬、なに、さっきの」

「え?なに?」

 とりあえずとぼけてみる。

「あの時はごめん、ってなに?」

「え、ああ、うん、覚えてないならいいの。なんでもない」

「なんだよ。気になるじゃん」

「ううん、いいの、ごめん。なんでもない」

「よくないよ。教えてよ」

「遠野が覚えてないならいいの。私の勘違いかも」

 むちゃくちゃだ。

「勘違いでもいいからさ。教えてよ。気になる」

 結構しつこい。

「うん、あのね、もう一度よく考えてみるから。ちゃんと整理してから話す」

 これでどうだ。

「…ふうん。わかった」

 不服そうな顔をしながらも、頷いてくれた。

 やれやれ。

 

 お次は朝のホームルーム。

 先生も懐かしかったし、クラス全体の雰囲気も、座った椅子の感じも、腕を置く机の感じも、みんな懐かしくて嬉しくて、顔が自然に綻んでしまいそうになるのを必死に抑えなくてはならなかったけれど、なんといってもやはり、通路を挟んですぐ右斜め前方に見える雅也の後ろ姿にぽおっとなってしまう。

 好きだったんだなあ。

 こんなにこんなに、好きだったんだ。

 考えてみれば、毎日これだけ好きな人と顔を合わせながら、ろくに話もできないでいるなんて、拷問、というとちょっと誇張にすぎるけれど、結構ストレスになりそうな状況なのに、あの頃はそういうもどかしさや切なさなんかも含めて、「恋してる」ということに恋していた気がする。

 大人がよく、「恋に恋する年頃なのね」と、したり顔で言うのに憤慨したりもしたけれど、あれはやはり当たっていたんだろうな…少なくとも私の場合は。

 あまり言葉を交わせないが故に、余計にのぼせ上がるのかも。

 昨夜考えたことを思い出す。

 いっぱいおしゃべりして、雅也のことをもっとよく知ったら、もしかして案外気が合わなかったりして、好きではなくなってしまうのかもしれない。なあんだとがっかりしたり、幻滅するようなこともあるかもしれない。

 でも…せっかくだからいろいろ話してみたいな。

 休日は何をして過ごすのが好き?

 どんな本が好き?

 好きな画家はいる?

 絵を描くの好き?

 絵、すごく上手だよね。習ったりしてたの?

 どうして弓道部に入ったの?

 雅也にしてみたい色々な質問を思い浮かべていて、優はある場面を思い出した。

 一年生の時のことだ。バレンタインデーの少し前の日の休み時間。

 雅也に渡すチョコレートにかけるリボンの色を雅也の好きな色にしたいと思った優は、真美子に頼んで雅也の好きな色を訊いてもらうことにした(そんなことさえ訊けなかったのだ!)。真美子はよしと請け合い、他の男子数人と談笑していた雅也にズカズカと近づき、ズバッと訊いた。

「岡崎。何色が好き?」

 えっという顔になる雅也。自分より背の高い真美子を見上げ、

「えーと…なんで?」

「なんででもいいじゃん。早く。何色が好き?」

「いや、だから、なんで?」

 周りの男子達はなんとなく状況がわかったのかニヤニヤし始める。

「やるねえ、色男」

「モテるねえ、岡崎クン」

 雅也がちょっと赤くなって彼らを睨む。

「うるさい」

「おおー照れてる」

「ほら、神田が待ってるじゃん、教えてあげなよ」

 ニヤニヤしている男子達を真美子がふんと一瞥する。

「言っとくけど、私が知りたいんじゃないからね」

「へえー、じゃ誰?」

 はらはらしながらできるだけそちらを見ないようにして会話を聞いていた優は、ぎょっとなった。

「誰だっていいでしょ。早く、岡崎」

「えーいいじゃん、教えてよ」

「教えるわけないでしょ」

「じゃさ、岡崎には教えなくていいから、俺たちには教えてよ」

「教えません」

「えー教えてよ。あ、じゃあさ、俺たちがそれぞれ一人ずつ名前を挙げるからさ、その中に当たりがいるかどうかだけ教えて」

「教えない」

 真美子と男子達のそんなやりとりが続く間、優は痛烈に後悔していた。ああ、もっと時と場所をちゃんと選ぶべきだった。岡崎が一人でいるときに訊いてもらえばよかったのに。

 すると、ニヤニヤわいわいやっている男子達に囲まれた雅也が、ちらりと真美子を見上げて、真面目な口調で言った。

「黒かな」

「黒?黒が一番好きな色?」

 真美子が念をおすように訊く。雅也が頷く。

「わかった。ありがと」

 真美子はくるりと踵を返すと、もちろん優のところへ来たりはせず、涼しい顔をして教室を出ていった。

 あの時の「真美子、ありがとう!!」という気持ち。そして、ニヤニヤした他の男子達の真ん中で生真面目に「黒かな」と答えてくれた雅也に対する「やっぱり素敵!」という気持ちを思い出すと、今でも胸がじんとする。

 でも、そのあと数日間、いくらなんでも黒いリボンなんてお葬式みたいだし、と悩んだ挙句、結局勇気も挫けてしまいチョコレートは渡さなかった。

 青春だなあ、と我ながら苦笑いしてしまう。どうしてあんなに恥ずかしがりだったんだろう。何がそんなに怖かったんだろう。

 今なら怖くない。まあ確かにちょっとドキドキはするけれど、相手は——もちろん初恋の君ではあるけれど——ただの男の子だ。ハリウッドスターではない。話くらい簡単にできるはず。


 しかし、どうもそう簡単にはいかなそうだ。

 記憶の中では、なんとなく、群れるのは女子だけだと思っていたのだけれど——トイレに行くにも腕を組んで一緒に行ったりとか、休み時間はいつも誰かの席に集まって喋るとか——、男子も結構群れているのだ。

 朝練の前も後も、雅也は他の男子達と集まって喋っていた。今も、前の席の男子と楽しそうに喋っている。そこに「ねえねえ」なんて割って入っていく勇気はない。

 席順というのは、かなり重要なポイントなのだなと改めて認識する。特に、隣の席になるということは、ものすごく、ものすごーくポイントが高い。

 高校の時は机が一つずつ置かれていたけれど、小学校と中学校では机は二つずつ並んでいた。これは通路を挟んでではなく、机をくっつける正真正銘の隣の席なので、距離的にも心理的にも話しかけやすい。例えば授業が終わってすぐにでも、誰よりも早く、前後の席の人や、集まってくる友達よりも先に会話を始めることができる。

 秀の場合がまさにそれで、朝のホームルームが終わると早速話しかけてきた。

「ねえ」

 前の席の男子と喋っている雅也の斜め後ろ姿にぼーっと見惚れながら、頭の中で会話のシミュレーションをしていた優は、すぐ横で声がしたのでびくっとして秀を振り返った。

「整理した?」

「は?」

 こちらに身体を乗り出してひそひそ声で言う秀を、眉をしかめて眺めた。生理きた?と言われたのかと思ったのだ。何を言うのだ、こいつは。

「整理したら話すって言ったじゃん。もう整理した?」

「えっ、ああ…」

 生理じゃなくて整理か。自分で言ったことなのに、口から出まかせだったので、忘れていた。

「まだ」

「早くしてよ。気になる」

 優はため息をついた。モテる奴っていうのは、こういうところが嫌なのだ。自分に自信があるものだから、押しが強い。

 しかし、悪いことをしたのは私なのだ。

 そう思って、神妙な顔をしておとなしやかに答えようと口を開きかけたとき、秀がニヤリと笑って声を潜めて言った。

「あとさあ、七瀬、一つ忠告。カレシに見惚れるのはわかるけど、もうちょっと周りにわかんないようにやってくれない?露骨すぎて、笑うの堪えるの大変だからさ」

「What?!」 

 カッとなって思わず英語が出てしまった。

 そこへ、数学の先生が入ってきて、「きりーつ!」の声が掛かった。全員立ち上がる。椅子の音。「礼!」礼。「着せーき!」椅子の音、着席。

 頭からしゅんしゅん湯気を吹き上げながらちらりと隣を見ると、秀は眉を上げてまたニヤリと笑ってみせた。

 なんなのこいつ。こんな失礼な奴だったの?

 憮然として教科書を開ける。

 なんだか、謝ったりして損した気分。そもそも、この遠野は夢の中の遠野であって、あの現実の遠野じゃないんだし、謝る必要なんかなかったのに。やっぱりモテすぎるような奴はいけ好かない。

 気を鎮めようと、ふっと息を吐く。

 …ま、とにかく、ここは夢の中なんだから。つまらないことでイライラしたりしない。存分に岡崎を眺めて、幸せな気持ちをいっぱい充電しよう。そのために神様がこんなリアルな夢を見せてくれてるんだろうから。

 優にとってラッキーなことに、雅也が当てられて、黒板で問題を解かされた。

 心の底から見惚れる。

 すっと伸びた背中。美しい筆跡。ちらりと見える横顔。

 肘に何かが当たってそちらを見ると、さも授業に集中していますとばかりにすました顔をした秀が、教科書の余白に

「ロ コ ツ す ぎ!」

 と大きく書いてこちらに押して寄越したところだった。

 むっときて、その下に

「MYOB!」

 と書きなぐって、まだ黒板の前にいる雅也に注意を戻す。

 また肘に何かが当たる。

 MYOBの下に線が引いてあって、その下に

「? わからん」

「mind your own beeswax!」

 今度はbeeswaxの下に線。

「? わからん」

「= business」

「??」

「= 大きなお世話!」

 そう力を込めて書くと、ばきっと鉛筆の芯が折れ、秀が声を潜めてくつくつ笑った。

 雅也が数式を書き終わり、先生に促されて解説をする。その声にうっとり聴き惚れる。綺麗に響く低めの声。 懐かしい、大好きだった声。

 ああ神様、素敵な夢をありがとう。

 やがてチャイムが鳴り、休み時間になるが早いか、また秀が話しかけてきた。

「あれ何?beeswaxって」

 真面目に訊いてくるので、礼儀として真面目に説明する。

「本当はmind your own businessっていうんだけど、それだときつい言い方になっちゃうから、似た言葉でbeeswaxって言い換えることがあるの」

 秀が目を丸くする。

「へえー。なんでそんなこと知ってんの」

「…お父さんが教えてくれた」

 嘘ばっかり。

「ふうん。で?ちゃんと整理した?早く教えてよ」

「なになに、なんの話?俺にも教えてー」

 秀のところに、大島悟がやってきた。

 そういえば、いたなあ、この顔。キザったらしくて、遠野とは顔の造りが全然違ってお世辞にもモテるとはいえないのに、遠野にいつもくっついて、モテるコンビみたいに振る舞ってたっけ。その不自然に根元の立ってる前髪、覚えてるよ、大島クン。

「さっきさ、七瀬がなんだか知らないけど俺に謝ってきて」

「ちょっと!」

 赤くなって遮る。

「え?なに、あれ内緒なの?」

 秀がわざとらしく驚いてみせ、悟が大袈裟な身振りで身体をくねらせる。

「うわー内緒だって。七瀬やらしいー!」

「ヤラシイ?!」

 どういう意味だ。しかもそんな大きい声で!クラス中に聞こえてしまうではないか。焦ってちらりと雅也の方を見る。

「やめろって大島。七瀬の目がつり上がってる」

「わーほんとだ。怖えー」

「……っ」

 こんな気持ちは久々だ。心の中で数億年振りに「超ムカつくっ」と呟く。そうだ、そういえば大抵の男子っていうのはこうだった。ガキっぽくってやかましい。

「大丈夫か、七瀬。顔真っ赤。更年期?ホットフラッシュ?」

 秀がニヤニヤする。

「まだに決まってんでしょ!」

 思わず実年齢の反応をしてしまう。

「コーネンキ?」

 悟が変な顔をした。

「ホットフラッシュ?って何?」

「ああ…えーと」

 秀は一瞬ちょっと困惑顔になったが、すぐに態勢を立て直してニヤリとし、

「女が年取るとなるもの。うちのおばあちゃんが言ってた」

「へえ?」

 悟の頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かんでいる。秀が続ける。

「枯れちゃってオンナじゃなくなるってこと」

 意味わかって言ってるのかね、こいつは。

 マセガキなんだから、と呆れて秀を見やった優の中で、記憶の扉が一つ開いた。 

 あ。

 そういえば。

 優は改めて秀を眺めた。

 そういえば、こいつだったじゃないの。

 秀とは小学校も一緒で、五、六年生の時、同じクラスだった。ある日のこと、確か五年生の時だったと思うが、昼休みに秀が二、三人の男子たちとニヤニヤして優の席までやってきて言ったのだ。

「ねえねえ七瀬、クリトリスって言ってみて」

 優はその言葉を知らなかったのだが、そんなふうにニヤニヤして言われれば、警戒するに決まっている。

「…言わない」

「えーなんで?いいじゃん、言ってみて」

「なんか変な言葉なんでしょ」

「ええー?別に変な言葉じゃないじゃん。栗と、栗鼠だよ。栗鼠ってかわいいじゃん」

「…」

「早く。言ってみて」

「やだ」

「なんで?いいじゃん、一回だけ一回だけ、ね?」

 優はちょっと考えて口を開いた。

「…栗鼠、と、栗」

「いや、逆、逆。最初に俺が言った順で言って」

「なんで?」

「なんでもいいから。早く」

 しつこい。ニヤニヤしている秀をじろりと睨む。

「言わない!先生に言いつけるよ!」

 学級委員だったのだ。言いつけ魔だった。秀が慌てる。

「えっ。それだめ。言わないで、お願い」

「言っちゃうもんね。今から職員室行ってくる」

「いや、ほんとごめんなさい。すみません、七瀬様。許してください」

 額まで真っ赤になって、両手を合わせて拝んでいた小学五年生の秀が、目の前でカッコつけて座っている中二の秀と重なった。

 ふっふっふ。

「遠野」

「ん?」

「小五の時さ、栗鼠の話してくれたの、覚えてる?」

「……」

 優と悟の見ている前で、秀の顔がじわじわじわっと赤くなっていく。

「…覚えてるよねえ?」

 効果的な間をとって、微笑みを浮かべてゆっくりと訊く。ああ面白い。

「……いや…」

「何、どんな話?栗鼠の話って」

 悟が優と秀を交互に見る。

 優は秀に向かって眉を上げてみせた。

「私が話そうか?それとも遠野が話したい?」

「…いや、えっと、その……スミマセン」

「優たーん、英語の訳見ちぇてくだちゃーい」

 加藤祥子がやってきた。そうそう、そういえばよくこうやって英語の時間の前にやって来てたっけ。

「ねえ、なんなの、栗鼠ってさあ」

 悟が口を尖らせると、

「え、栗鼠?かわいいよねー栗鼠って!誰か飼ってるの?」

 祥子の後ろからやって来た晴美も話に加わる。

「あ、えっと」

 秀が優を見る。目が真剣に困っていた。

 七瀬様。許してください。

 優はくすっと笑って口を開いた。

「飼ってたんだよね、遠野が。五年生の時。でも従弟が遊びに来た時、ケージから出して遊んでたら、庭に逃げちゃって、いなくなっちゃったんだったよね、確か?」

 適当に作り話をして秀を見る。

「え、そ、そうなんだよ」

「で、遠野ね、泣いちゃったんだって。猫とかカラスに食べられちゃったらどうしようって思って、夜も眠れなかったんだって」

 悟も祥子も晴美も、同情あふれる顔で秀を見た。

「そうだったんだ…」

「帰ってこなかったの?」

 秀がまた優をちらりと見た。優はちょっと首を傾げてみせた。

 It's your turn. 

 お好きなように。

「いや、うん、帰ってきたっていうか、そう、帰ってきたんだ。外にケージのドアを開けたままにして出しておいたら、次の日に帰ってきた」

「わあ、よかったじゃん!」

「まだいるの?」

「いや、その従弟が欲しがってたからあげた。そいつのとこ田舎だから、栗鼠のためにも環境がいいかなって思って。今も幸せに、っていうか、えーと、元気にしてるみたい」

「よかったねえ」

「空気も水もおいしいのかな、やっぱり」

「野生の栗鼠と友達になったりして」

 口々に言う悟たちの言葉を聞きながら、優は微笑んだ。

 ハッピーエンドを選んだ秀を、栗鼠を「幸せに」してあげた秀を、好もしく思った。




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