家具職人の心得
私はいま、家具を作る仕事をしている。
今日は、材料が届き次第、ソファを作る予定だ。
私の記憶の片隅には、「物の気持ちを考えるように」という言葉だけが、ずっとあった。
私には、幼少期の幸せな記憶がほとんどない。親が存在したのかすら危ういが、一応、人間の言葉は理解できる。ゴリラやチンパンジーから生まれたわけではなさそうだ。
私はまじめだった。本物の親かもわからない誰かの言葉をずっと信じてきた。
「物の気持ち」
服はいいけど、靴下や靴はかわいそう。だって足で踏まれてるんだよ。
そう思うと椅子もお尻で踏まれてかわいそう。カーペットも踏まれるし。
そんなことを思って、外に出る時は裸足だったせいか、私の足の裏にはたくさんの傷がある。
ちょっと大きくなった。料理なんて絶対にできなかった。
まな板を一回使うごとに、私の腕を一回傷つけた。
でも、私も大人になった。
「物の気持ちを考える」
本当の意味を理解できるようになった。
靴や靴下は、足で踏まれる、履かれるために生まれてきたんだ。
椅子や、ソファは、座られるために、まな板は、切られるために。
生まれてきた物にはそれぞれ役割と使命があって、それが生きがいなんだ。
それに気づいてから、私の人生は少し軽くなった。
私はいま、家具を作る仕事をしている。
「ピンポーン」
やっと、ソファの材料がやってきたようだ。