第九十二話 頂上
(いつもクルラはこんな高さで飛んでいたのか……)
アレックスは唾をごくりと飲み込み、下を覗き込んだ。人間達がまるで豆粒のように小さく見えて、足の震えが止まらない。王族としての誇りでみっともない姿を見せまいとしようとしても、本能が邪魔をした。
(怖いものは怖い)
そして己の首にかけられる縄が頭上でコイル巻きにされているのを見た。一体どれほどの長さだろうか? きっと地面にたたきつけられることはないが、かなりの距離を落下するであろうことは容易に読み取れた。
「さぁて、お楽しみの時間が終わってしまうのは残念だが、観客達にその瞬間って奴を見せてやらないといけないからな」
処刑人はへらへらと笑いながらアレックスの顔を覗き込んだ。
「最後に言い残す言葉はないか?」
(最後? 本当に最後なのか? そんな言葉を言ってしまえば最後を認めてしまうことになってしまう。そんなのはいやだ……)
「へへ、恐怖で言葉も出ねえか。情けねえな」
処刑人は王将軍の席を見やる。アウグスティーンは大きくゆっくりと縦に首を動かした。
「さて、諸君! いよいよ今日の見世物の最高潮! この瞬間を見逃せば、何のためにここまで来たのかわからない!」
歓声が沸き起こり、皆が一斉に握りこぶしを突き上げた。
彼らにとってクレイス王子の死は終戦を意味するほど重要であった。この処刑によって夫が、息子が帰ってくる。重税の枷から逃れられる。そう信じてやまなかった。
「念のため、説明してやろう。俺がこの杭を引き抜くとお前さんの立っているところの床がカパッと開く。そうするとお前さんの体は急降下。首にかかった縄でキュウ! っだ。」
(この高さから落とされる?)
疑問が声になって出ない。だが口から洩れる息が彼の言いたいことを処刑に告げていた。
「そうだ。きっと天にも昇る気持ちだぜ? まぁ実際に天に昇……。おっとお前さんが行くところは地獄か。ガハハ!」
アレックスは何か言いたいが、何を言っていいのかわからない。いや、何を言っても状況が変わらないと頭で理解してしまっている。
「じゃぁな。あばよ! オウジサマ!」
処刑人が杭を引き抜いた。