第八話 誘い
「楽しい食事中、失礼するよ」
「クマオヤジ、だけじゃないな。誰だ?」
スィンがメルムークと、声をかけてきた男を交互に見る。
若い。銀色に輝く鎧を纏い、真紅のマントをたなびかせる姿は戦場の泥と埃を浴びていない。
「どこぞの貴族のお坊ちゃんが、視察と称して物見遊山に来たか」
口元を手で押さえて呟いたが、メルムークの耳にはしっかりと入っていた。
「こら! 失礼だぞ! スィン伍長!」
「相変わらず、声がでかいな、クマオヤジ。また俺たちに出撃と勘違いさせる気か?」
「伍長。マントの留め具を見てください。あの紋章」
「獅子に交差した二本の槍、ただのクレイスの紋章じゃ……ねえな。獅子の頭上に王冠。
そして何よりも金製……。王族のみがつけることが許される紋章。そして何よりこの若さ……」
「ということは伍長。この人は……」
「そうだ、このお方は、クレイス王国第一王子アレックス殿下であられるぞ!」
メルムーク将軍が一喝すると、慌ててスィン以外の兵士達が、居住まいを正す。
しかしスィンは気にすることもなく、食事を再開し始めた。
「こら、スィン! 食事をやめんか!」
「何故だ? 今は食事の時間だろ? ウィードが攻めてきたときにお腹をすかせたままでいろというのか? 食うときにしっかり食う。それは兵士の義務だろ」
「それとこれとは話が別だ!」
「良い、将軍。別に食事をしながらでも良いではないか。他の者も続けてくれ。僕はスィン伍長に用がある」
王子にそう言われても、はいそうですかと食事を続ける者はいない中、スィンはコショウを振りかけたばかりの干し肉を口にほおばっている。
「スィン伍長。ただいまを以て、第百二十八歩兵小隊伍長の任を解く」
「な、何だって?」
「お、おい、伍長が何やったっていうんだ?」
「いや、色々やっているだろ?」
「そうだけどよ」
王子の言葉に、スィン本人よりも周りの兵士に動揺が広がる。
「へぇ、俺をクビにするって言うのかい? クマオヤジはそれでいいのかい?」
『いいわけないだろ』
メルムークは声に出さず口の動きだけでスィンに伝える。
「将軍とではなく、僕と話してもらいたい」
「へぇへぇ。で、俺をどうするんで?」
今度は乾パンの方に手を伸ばし、金槌で叩き始める。
「第二親衛隊特別臨時隊員を命じる。階級は少尉だ」
「し、親衛隊だって?」
「それも王子を護衛する第二親衛隊だって? 出世が約束されたようなものだ」
「伍長から少尉に昇格なんてあり得ない」
「さすが俺たちのスィン伍長だ。いつかはやってくれると思っていた」
金槌で叩くこと三回。ようやく乾パンが砕けて、口に含むことの出来る大きさにまでなった。
「断る」
周りの騒ぎをよそに、スィンは一蹴してから乾パンを口に放り投げた。
「ほう、普通ならそこの兵士達のように出世だと喜ぶところだ。何故断るのかだけでも聞かせてくれないか?」
「親衛隊だろ。城に籠もってがたがた震えている王侯貴族の連中を守るだけのために缶詰にさせられるなんてもっぱらごめんだ。
俺は伍長のままで良い。こいつらと共に最前線で敵陣に切り込み、大いに暴れ回る方が性に合ってる。
第一、親衛隊が戦う事態になるってのは負け戦だ。戦は勝ってなんぼだろ。俺たちはそのためにある。負け戦を戦うための階級なんざいらねえ」
「ふむ、君が思ったとおりの男で嬉しい限りだよ」
「何だって?」
意外な言葉に、次の乾パンを口に運ぶのを忘れて王子の方を振り向く。
「ようやく僕を見てくれたね」
「む」
鼻をフンと鳴らして再び乾パンと向き合う。
「第二親衛隊は、知っての通り王子、つまり僕を護衛する。護衛すると言うことはそばにいるということだ。それは分かるね」
沈黙。それは肯定を意味していた。
「僕が最前線に行けばどうなる? 護衛も最前線だ」
「はっはっはっ! 王子が最前線に立つ? 最前線の意味を知っているのか? そんなところに王子を行かせるなんてクマオヤジが許さないだろ?」
再びメルムークの方を見てみると、彼は半ばあきらめ顔で、肩の力を落として見せた。
「おいおい、本気で最前線に行く気かよ?」
「この場で事情は言えないが……僕がこれから行く場所は間違いなく最前線だ。
一緒に行こう。僕が使命を果たし、生きて帰れば、君は英雄だ」