第八十話 影再び
月明かりに照らされたガーゼル城を見つめるものがもう一人。
光に寄りそう影でありながら、他者の目に触れることをおそれ、別の道を歩む間に光を見失っていた。
彼にとって、光を取り戻すことが全てであった。
だがガーゼル城侵入は容易ではない。
3方向は湖に囲まれ、唯一の橋は警備兵が護りを固めている。
いな、城壁にも見張りの兵が巡回している故、湖を泳いで渡ったところではい上がったところを串刺しにされるであろう。
影は意を決して、ほとりの木の上に跳躍する。
もう一度城壁までの距離を目測する。
首を軽く縦に動かしたあと、枝のしなりも利用して大きく跳躍した。
ウィードの見張りは優秀である。
湖の対岸から聞こえた木々の音を耳にとらえ、すぐさまそちらを向いた。
優秀故の致命傷。影は彼の背後に降り立ち、刀で一閃、悲鳴もあげさせず首筋を掻き切った。
「さすが王子様の影は優秀ね。ここまで来ると思ってたわ」
曲がり角の向こうから聞こえてくる女の声。間違いもなく、王子様誘拐の張本人たる女のものであり、影の前に姿を表した。
「メギツネ……」
「ひどい言葉ね。王子様に恋い焦がれての行動と言ってほしいわ」
影は黙したまま、刀をマーナーにむけて振り払う。
「あらあら、血気盛んなこと。聞きたいこともありそうな顔をしておきながら、刀を女に向けるなんて」
先程までそこにいた女の姿が消え、次の瞬間には別の場所に現れた。
「コロシハセヌ。トラエテ、シャベラセル」
「あらやだ、捕らえてだなんて拷問にでもかける気かしら? それはそれでゾクゾクしちゃうけれども」
赤い唇の口角を吊り上げて己の指でなぞった。
「この場で話してあげても良いわよ。だってあなたは生きて帰れないもの」
「ヌカセ」
影が何度も刀を振り払うが、その度にマーナーの姿は消えたり現れたりを繰り返し、捉えることができない。
「王将軍さまと約束したの。王子様を捕らえて来ると。そうすれば彼をくれると」
刀の動きが止まる。
「マサカ、キサマ」
「あら、犬のクセに賢いのね。そう私は王子様の死体がいただければそれで良いの。闇の民の秘術で“生き返らせられる”から」
「アレハ、ヨミガエリノジュツニアラズ」
「そうね。死体が動けるようになる秘術。いわゆるゾンビを作り出すものだからね。でもそれでも良いの。二人仲良く永遠に暮らしていくことが出来れば」
「……」
「おしゃべりはおしまい。話しを聞いたからには死んでもらうわ」
マーナーが腰に差したシャムシールを抜き放った。