第七十七話 裁判
青空を映しだす湖面から突き出すように白亜の尖塔が4本伸びていた。
優雅に見えるこのガーゼル城の光景も、兵を指揮したことあるものならば難攻不落の要塞であることが見て取れる。
湖の中に浮かぶ島に城塞を築き、外界との行き来を一本の橋『ダイグロス橋』のみで行う。
もしも耐軍がこれを包囲するならば、橋を落として籠城するだけで攻略は困難となるであろう。
そのことによって城内で生活をし、あるいは勤める者達が不便を強いられようと……。
なお、ダイグロスとはウィードに伝わる蛇神の名で、ある時は人々に災厄を与え、ある時は人々から外敵から守る善悪を兼ね備えた存在である。
今、一台の檻を備えた馬車がこの橋を駆け抜けるように渡って行った。
「今日は良き日じゃ良き日じゃ! 1日に2つも朗報が入ってくることなぞなかなかないぞ! 皆の者も笑え笑え!」
王将軍ことアウグスティーン王の赤いひげを蓄えた口が大きく開いて、その声が謁見の間に響き渡った。
集まった将軍たちもまた王と同じ思いを抱いて大いに笑い、視線は中央に座すクレイス王国のアレックス=ルイ=クレイス王子へと注がれていた。
当然に彼は外交文書を携えてきたわけでも、アウグスティーン王のご機嫌伺いのためにいるわけでもない。
その両腕は枷をはめられ、口はくつわで塞がれて、上半身は裸という、ウィード法に則った罪人の姿である。
アレックスが甘んじてこの状況を受け入れられるはずもなく、身をよじって枷をはずそうとしたり、何かを訴えようとくつわからくぐもった声が漏れるが、それらは彼以外に何ら意味を与えることはなかった。
「やれやれ、間者の情報によりアレックス王子がウィード領に接近しつつあると聞いた時にはわが耳を疑ったが、まさか首尾よくとらえることができるとはのう……」
悦に浸っている王の前に一歩進み出た将軍が一人いた。
「さればでございます。このものの処遇につきましてはいかがなさいますか?」
「そのことにつきましては拙者に良き案が」
別の将軍が進み出て王の前にかしずいた。
「許す。述べよ」
「このものの命と引き換えにクレイスの領土を出来る限り多く交換することです。あるいはクレイス城さえも差し出すかもしれませぬ」
王は納得しかねる表情を見せたため、今度は別の将軍が進み出た。
「それでは拙者の意見を」
「許す」
「バラポラス平原においてメルムーク将軍を討ち取ったわれらに今や人質により領土をいただくなどと言う手ぬるいことは必要ございませぬ。彼の将軍亡き今、クレイスを守ることのできるものはおらず、力でクレイス城を奪い取ることも可能。
それよりも長きにわたる戦乱で庶民には厭戦の感が漂っております。これを打ち払うためには祝勝の儀式が必要でしょう。その儀式に必要な餌がまさに今ここに転がってきているわけでございます」
アレックスはこの将軍が話している言葉一つ一つに耳を疑い、そのたびに暴れるように身をよじった。
「ふむ。で、儀式とは具体的には?」
王は興味にかられ、身を乗り出して次の言葉を待った。
「もちろん、公開処刑でございます。それも銃殺などと言う瞬間的な死ではなく、多くの人々が長く楽しめるよう苦しみが続く絞首刑でございます」
アレックスは首を横に強く降ってその場から逃れようとしたが屈強な衛兵2人に抑えられては何も効果がない。
「ふむ。それは良い案である」
判決が言い渡された。