第七話 兵士の食事
「なりません! 殿下!」
両手で机を叩き、巨体が突然起き上がる。
彼の声は陣中に響き渡り、一部の兵士は出撃の号令かと勘違いするほどだった。
「声がでかいぞ、メルムーク将軍。僕は目の前にいるのだから、そんな大声を出さなくても聞こえている」
手で制すアレックスに押し返されるように、メルムークは再び椅子に座って深呼吸した。
「し、失礼しました。しかし、殿下。あの男を護衛にするなど……お止めくだされ。あやつは上司の命令にも従わぬ不遜な男。殿下に失礼があってはなりません。事情はお聞きしております。護衛が必要とのこと。あの男には勤まりません。もっとふさわしい者がおります。その者を護衛になさいませ」
まくし立てるように、一気に話す将軍と対照的に、小柄ながらアレックスはむしろ前に身を乗り出した。
「ほう、上司の命令に従っていないのか? 軍規を乱しているな。即刻今の配置を免職せよ」
将軍は目を開き、両手を所在なさげに机の縁をつかむしかなかった。
「で、殿下……そ、それは……しかし、あやつはそれなりに武功を上げておりまして、その……」
将軍のそんな姿を楽しむように、笑みを浮かべたままアレックスは言葉を続けたが、すぐさまメルムークの叫び声にかき消された。
「殿下! それはお止めくだされ!」
陣中の兵士達が出撃と勘違いしたのは本日二度目だった。
「クマオヤジが吠えているな。食事中くらい静かにしろってもんだ」
手のひら程の大きさの乾パンを金槌で砕こうとして失敗する兵士達の中に一人呟く者がいた。
「全くですよね、スィン伍長。クマオヤジが吠える度に武器を手に取ってたんじゃ、落ち着いて食べられないですよ」
「まぁいざとなったら、この乾パンをぶつければ充分武器になるさ」
スィンの言葉に辺りの兵士に笑いが広がる。
「違いない! この乾パンときたらアルスター地方の煉瓦並の堅さだからな!」
「馬鹿言うな、アルスターの煉瓦は投げてぶつければ煉瓦の方が割れる。この乾パンはぶつけられたウィード兵の頭が割れるんだ!」
「ちげえねえ!」
「いやいや、スィン伍長。こちらの干し肉だって充分武器になりますよ。この臭さときたらもう! ウィード兵の鼻を曲げること間違いなしだ!」
一人の兵士が、干し肉をぶらぶらさせて、鼻をつまんでしかめっ面をした。
「クマオヤジは吠える前に、俺たちのメシを旨いものに変えろー!」
「そうだそうだ!」
威勢の良い掛け声に皆が同調して右手を突き上げる。
「まぁ、落ち着けよ。そんなお前らに良いモン分けてやるよ」
まるで子供がいたずらに成功したときに大人に見せるような笑顔でスィンは周りの兵士達に集まるよう手招きする。
「なんすか?」
「まぁ、静かにしろよ」
左手の人差し指で唇を押さえ、右手は軍服の懐に手を突っ込む。
兵士達は頭を寄せ合い目を輝かせて、ガキ大将がどんないたずらを成功させたのか話を聞きたがっている取り巻きと化す。
スィンはそんな兵士達の様子に満足したように笑みを浮かべた。
じらしながら取り出したのは一つの小瓶。
その中にはたくさんの黒い粒。
「コショウじゃないですか! これ!」
「馬鹿、声がでけえよ!」
スィンが叫んだ兵士を小突いて、周りは笑い出す。
「ど、どうしたんですか? これ」
「決まっているだろ。愛しいお前らのために、飲まず食わずで給料を貯めて買ったんだよ」
兵士達を包み込むように両手を広げる。
「伍長! 俺たちのために!」
一人の兵士がその腕に飛び込もうとしているのを隣の兵士が肩を掴んで止めた。
「いやいや、いくら何でも、伍長の給料でコショウが買えるわけ無いでしょ。本当はどこから盗んできたんですか?」
一瞬だけスィンは眉をぴくりとさせてから、飄々と視線をそらして答えた。
「ん? クマオヤジから」
「やっぱり!」
「さすがスィン伍長! やることが違う!」
「俺、伍長の突撃命令に何度命の危険にさらされたか分からないですけど、それでも伍長の下で良かった!」
「余計なこと言うなよ。ほれ、お前ら干し肉出せよ」
小瓶を開けて、一人一人が差し出す干し肉にコショウを振りかけていく。
「どんなに肉が臭くても、コショウさえかければ、食えるモンになるってのが不思議だ!」
「うめえ、肉ってこんなに旨かったんだ」
「辛い! でも旨い!」
皆が飛び跳ねながら干し肉を食べているところに近づいてくる影が二つあった。