第七十話 宴
「アレックス、すまん」
スィンは悪びれる様子もなく、開いた右手から宝石を転がした。
「すまんじゃないだろ、どうするんだよ! ここまで来たのにウィードに行けませんでした、って引き返すことはできないよ!」
「まぁ、勝負は水ものだから仕方がない。戻って別の道を行こうぜ」
スィンは笑いながらアレックスの背中をたたきながら、洞窟の外へ出ようとした。
「お前さんら、待ちなされ」
しわがれた声が洞窟に響き渡る。
「なんだ? 勝負は終わった。俺の負け。これ以上何か用があるのか?」
スィンは振り返って土の民達へと尋ねる。
「むむ。『用があるのか?』などと……。ワシらの風習を知らぬのか?」
「さて、何かあったかな」
「飲め! さもなくば帰さぬ!」
いうや否や洞窟の中で銅鑼の音が響き渡った。
どこからか笛の音が流れ始め、鈴や鐘の音がリズムをとりだす。
「ブラン村1228年物をもらって、客人をもてなさず帰ったとあらば、土の民の名折れ! 今夜は返さぬと思え!」
「え? えええ? 僕達急いでいるからここを通してもらえないなら別の道へ、ごぼ!」
困惑するアレックスは後ろから羽交い絞めにされた揚句、口の中に無理やりワインを流し込まれた。
「げほげほ! なんだこれ? すっとする甘さに鼻の中を抜けていく芳香が深みを増している! こんなワインに出会ったのは初めてだ!」
「スィン様。お注ぎいたしますわ」
「おおう、マーナーの酌で飲む1228年物は格別うまいねぇ」
「ワシらのつまみもこういう日のために取っておいたものをはき出すぞ!」
奥から、さまざまな料理を持った女性の土の民たちがたくさん現れ、みんなの前へと置いていく。
「さてはナンゴ勝負の前から準備してたな? 勝つ気満々だったとは」
「勝とうが負けようが、この洞窟に足を踏み入れた時点からお主らは客人じゃったわい」
スィンは眉を吊り上げる。
「負けた時はあの樽を眺めながら、こんな歓待する気になれるのか?」
「はて、何の話かのう?」
「とぼけやがって、どっちにしろあの樽はあけることになったんじゃねえか」
「スィン! これうまいよ! どうしよう?」
アレックスが真っ赤な顔をしてスィンの肩を抱き、甘い口臭をはきかけた。
「どうしようも何も、飲めよ。まぁ、その前に食えよ」
鶏肉を焼いて蜂蜜をかけたものを手に取ると、アレックスの口に突っ込んだ。
「やれやれ、スィン様は結局自分で飲むために、1228年物を購入したのですわね?」
「いいや? 通行料さ」