第六話 侵入者
「殿下、奴はウィードの忍び……。気をつけなさいませ」
「気をつける? なぜ? 賊は倒すまでだ」
アレックスは槍を構えたまま、女へと間合いを近づける。
「殿下、なりません。私が食い止めている間にお逃げください」
「おやおや、良い従者を持ったものだね。にもかかわらず主が従者の言うことに耳を傾けないのはいただけないね」
忍びは右手に持っていた湾刀シャムシールを構える。
「槍の方が間合いは長い。僕の方が有利だ」
じわりと間合いが詰まる。
だが、未だお互いの間合いの外。
睨み付けてくるアレックスに対して、忍びは涼やかな瞳で受け流す。
「殿下! お下がりください!」
「従者はああ言っているがどうするんだい?」
「決まっているだろ? 貴様を倒す!」
言葉と同時、忍びの胸元めがけて突きを繰り出す。
二つの風切り音。
すぐさま高い金属音。
直後に鈍い音。
最後に大きな音。
「殿下!」
「な、何が起きたのだ?」
アレックスは起き上がりながら駆け寄って来たルカスに尋ねる。
「殿下は賊に槍を防がれ、腹部に蹴りを入れられたのでございます」
「み、見えなかった……ゴホ!」
「こんな蹴りで、咳き込むようじゃだめだね。
先ほどの第四親衛隊、とやらの方が強かったよ。あはは!」
音もなく、一歩近づく。
「く、この程度で勝ったと思うな」
「殿下、おやめくだされ」
さらに一歩。
シャムシールの刀身が宝物庫を照らすランプの炎に揺らぐ。
「ウィードの忍びよ、目的は印璽なのであろう?」
ルカスはアレックスと忍びの間に立つ。
「ルカス、何を言い出すのだ」
「話してなかったかい。その通りだよ。できれば無駄な殺生はしたくないんだよ。疲れるからね」
また一歩。槍なら届く距離。
「その言葉。嘘はないか。なれば印璽を渡そう。殿下の命を奪わぬのであれば」
「ルカス! くそ、何をする」
前に出ようとするアレックスの腕を絡めて押さえつける。
「へぇ、なかなか冷静な判断が出来るんだね。
そうね。王子の暗殺は命令されていないからね。印璽さえ手に入ればすぐに帰るよ」
「やめろ! 印璽は渡さない!」
「王子は叫んでいるけどどうするんだい?」
「持って行け。印璽はあそこで祀られている」
「ルカス!」
「話が早くて助かるね。私が印璽を頂戴する間その野獣は押さえていてくれるんだろうね」
ルカスは沈黙する。だがそれは肯定を意味すると解釈して、忍びは奥へと歩を進める。
「ルカス! 離せ! あの印璽は命に代えても渡すわけにはいかない!」
「あはは! これは頂いていくよ!」
「くそ! 止めろ! 離せ!」
忍びは手にした印璽をアレックスの前で揺らしながら悠々と宝物庫の外へ出て行く。
「ルカス! 何故だ! 何故渡した!」
アレックスは解放されてすぐさまルカスに槍の穂先を向ける。
「殿下の命あっての物種でございます。印璽は取り戻すことは出来ますが、殿下の命は取り戻せませぬ」
「ならば早く取り戻せ! いや……僕が取り戻す!」
「殿下、どこへ行かれるのですか?」
忍びに続いて、アレックスもまた宝物庫から飛び出していった。
「これは何事じゃ!」
城門の付近で起きている騒ぎを聞きつけて、王自らが足を運んだ。
「へ、陛下……殿下が……」
ルカスが説明しようとするのをアレックスは割って入った。
「父上! 僕に行かせてください! この者達が邪魔するのです!」
城門の警備兵は両脇から槍を交差して、アレックスの行く手を防いでいる。周囲に集まってきた親衛隊も思いは同じであった。
「いったい何があったのだ。順を追って説明せぬか」
「父上はご存じないのですか? 印璽が賊に盗まれたのです! これは由々しき事態! 僕が自ら賊を追います!」
「なんと、印璽が? しかし、アレックスよ……お主にそのような事はさせられぬ、ぞ……追っ手はすぐに手配しよう……お主は部屋に戻るのだ……」
王は両手でアレックスの顔を抱きかかえるようにして話しかける。
しかし、アレックスは真っ直ぐに王を見つめる。
「なりません! 印璽はこの国の宝。王族自ら取り戻すべきであり、他人に委ねるなど出来ません!」
「王よ、先ほどからこの調子でございまして……」
ルカスがそっと耳打ちすると、王は納得いったように軽く頷いた。
「アレックスよ。意気込みは分かるが賊を追うとなると辛く険しい旅になるぞ」
「心配には及びません。この身は幾たびも獣狩りに山野を駆け巡った身体。多少のことではへこたれません」
「むむ……。頑固なところは誰に似たのやら……。仕方あるまい」
「王よ!」
周囲に動揺が広がる。
「では!」
「焦るな、アレックス。せめて護衛をつけて行くのだ。人選は任す」
「護衛ですか……それでしたら、一人連れて行きたい者がいます」
「ふむ……。その者とは?」
「彼はメルムーク将軍の下で戦功を上げていると聞きます。
その名を『かぎ爪のスィン』」