第六十五話 峡谷
塀に囲まれたブラン村を一歩出れば、そこは収穫を終えたブドウの林が続く。
よそ者への警戒心は強く、林を通り抜けようとすると顔にしわの刻まれた農夫が手で制した。
「少し遠回りになるが、街道沿いに行かざるを得ないようだな」
スネイプは少しに奴いた顔で、集団から遅れているスィンを振り返った。
「遠回りだろうがなんだろうが、行けばいいんだろ、行けば。この程度の手荷物、大したことないぜ」
「いつから樽は手荷物になったのかしら」
クルラは手伝いもせずにスィンの周りをふわふわ浮いてつぶやく。
それでも平らかに整備された街道は荷車で快適に前へと転がっていく。
「問題はそろそろだぜ」
スネイプがつぶやいて、顔を見上げると、そこにはバックボーン山脈の終点であり、かつ最高峰のグラーリー山がそびえたっていた。
「良くバックボーン山脈は双頭の蛇にたとえられる。俺達が以前戦ったホーン岬は頭部の一つ、そして反対側のこちらはもう一つの頭部だ」
スネイプが解説を交えながら歩みを進めると、いつの間に街道に砂利が混じり、草が生え、時にけもの道とまがうほどまでに人の行き来を感じなくなってきた。
「これでも荷車で、そいつを運ぶってわけ?」
「ああ、こんな上物棄て置くわけにはいかねえ。分かっているのか? ブラン村の1228年物だぞ、1228年物!」
「知らない。ワインなんて飲まないもの」
「かー! 空の民ってのはつまらないものなのか、それともクルラだけがそうなのか?」
「スィンの酔っ払っている姿見ていたら、酒なんて飲まない方がいいって、思うもの。反面教師さん」
「うぐ、そ、そりゃぁ、人生の失敗のすべては酒の上での出来事だが……」
「はいはい、無駄口叩いてないで、大事なものならしゃきしゃき運びなさい」
「くそう、少しくらい手伝ってくれたっていいじゃねえか」
スィンはそう言って顔を見上げると、むき出しの岩肌が今にも落ちてきそうな山道を見てため息をひとつついた。