第六十二話 苦悩
荒い息遣いが風に乗って行くがそれもすぐさま掻き消えていく。
愛する者の死と別れ。その悲しみに打ちひしがれていたはずなのに、第三者からの横やりが引っ張り上げてきたどす黒い感情。
それはとても甘く危険な香りをしすぎていて、体の内に溜めこめていてはいつか暴発すると本能が訴えていた。
それに気づいたアレックスは、どす黒い感情を外へ吐き出す術を今まで培ってきた知識から引っ張り出すことを試みた。
めくられていく知識という名の本で開かれた頁は、とても下卑たもので王族として許されえぬ行為であったが、暴発の結果と比較すればまだ易しく軽いものであったため、選ばざるを得なかった。
アレックスの肩が激しく動く。
のど元に感じる熱は、口から洩れる息か、あるいは瞳が流れる雫か……。
「ぐ……」
急に動きが止まり、目の前の地面が濡れていく。
腰から下がまるで自分のものではないように感じる浮遊感。そしてそのあと訪れる罪悪と背徳の念。
右手に触れた熱いものが急速に冷えていく。
「どんな顔して……スィン達のもとに戻ればいいんだろう?」
己のした行為を悟られる証拠となるものを隠滅する犯罪者のようにおどおどしながら、横に流れていた川で手を洗い流していた。