第五十九話 激励
アレックスはブラン村の外れから闇に沈む森を眺めていた。
森の民の魂送りの儀式に、よそ者が入る術はなかった。
一目だけでも――
その願いは木葉よりも簡単に吹き飛ばされた。
むしろ災いをもたらしたもの、として危害さえ加えられかねないところを禁足で済まされた。
草むらにしゃがみ込みボーっとしている彼に背後から迫る影があった。
「苦しんでるね、少年」
アレックスは背後を見なくても声で正体がわかった。だけど、誰とも話す気がない彼は振り向きも返事もしなかった。むしろの能天気な口調に怒りさえこみあげてくる。
「初恋が実らなかったら誰でも苦しむものよ」
かすかな空気の流れとともにアレックスの身は何か温かいものに包みこまれた。
「何を分かった風に! クルラはスネイプと孤児院で一緒だったんだろ!? 初恋が実っている奴に! そんなこと言われたくないよ!」
「あらあら、すっかりやさぐれちゃって……」
クルラは背後から翼と腕でアレックスを抱きかかえたままシュバインバルトの森を眺めた。
ひと時の沈黙。
アレックスが求めていたものがあるような気がした。
「あなたは、だぁれ?」
突然聞こえた甘くよどみのない声。
「え?」
「あなたは、何者?」
「僕は……」
アレックスが答える前にクルラは続ける。
「あなたは、なぜここにいるの? どうやってここまで来たの? そして今……何をすべきなの?」
クルラは言うだけ言うと、すっと離れた。
秋の夜風が二人の間に吹き込み、触れていたぬくもりを奪い去っていく。
「僕は……」
「答えは私にではなく、自分に返しなさい」
アレックスの言葉を遮ると踵を返して飛び去って行った。
「僕はクレイスの王子……。ここまで来たのは……」
か細い声はクルラのところまで届くことはなかった。