第五十四話 嵐の前
「言っている間に敵兵が迫っている! くそっ! 少しは準備する時間があれば良いものを! アレックスは茂みから槍で騎兵を転倒させろ! スィンはアレックスの護衛を! ヘルマンは転倒した騎兵のとどめを! クルラは遊撃! 俺は樹の上から狙撃する」
スネイプはクルラに抱えられて樹の上へと消えていくと今度はスィンがアレックスの手を引いた。
「王子サマよ、やると決めたからにはスネイプの指示で戦ってもらうぜ! ほらこっちだ!」
「あ、ああ……みんな、頼むぞ」
スィンとアレックスが森の中へ消えていき、ただ一人ヘルマンを街道に残った。
「む……? マーナーが……消えた? 戦闘に巻き込まれないよう逃げたか?」
準備ができたかどうかのころに波が襲いかかってきた。
「道は狭い! 先頭よりも中間の騎兵を叩け!」
スィンの小さくも力のこもった言葉に、アレックスはうなずくが槍を持つ手が震えていた。
「こ、これが初めての……戦いなんだ……」
「ここにきてビビってんじゃねえ! 惚れた女を守るんじゃないのか?」
「そ、それはそうなんだけど……」
いくら力を込めて槍を握りしめても震えが収まる気配はなかった。
「これだからお坊ちゃんは……」
スィンは顔に手を当ててうなだれるしかなかった。
「やることは分かっているな」
「分かりすぎてたまに自分が嫌になるわ」
樹の上でクルラはナイフをくるくるとまわしながらつぶやいた。
「でも、あの子壊れるわよ」
「恋が一時的なら、壊れるのも一時的さ」
スネイプの細い眼がクルラをキッと睨みつけた。
「お~怖い。私、いつかあなたに殺されてしまうのね」
「戦に勝つためなら、な。だが、お前は生きている方が勝てる確率が高い」
「おかげで、どれだけ腕を磨かされたと思っているのよ。あなたにそう思われるようになるまで大変だったんだからね」
「知ってるさ」
「感謝しなさいよ。こんな良い女は他にいないんだからね」
「分かったから早く行けよ」
「はいはい」
他の誰にも気づかれないように、クルラはひそかに戦場を離脱した。