第五十二話 別離
アレックスにとって来て欲しくない朝が来てしまった。
「ミーニャ……」
森を離れるにあたって、森の民たちが見送ってくれたがそこにミーニャの姿は見当たらなかった。
「森を出ていくものたちを見るのが、つらいのだろうか?」
頭では納得はする。だけど気持ちがどこかざわついていた。あんな別れ方をしたから、もう一度会いたい気持ちが募っていた。
「こいつはやばいな。俺には分かる。王子サマは今恋の真っ最中。初めて色街に連れて行った後の新人兵士と同じ顔してらあ」
「まだ、そんな事をしていたのか。新人兵士は給料が少ないから色街に連れていくのはさせないように注意したはずだが」
「む、昔の話だぜ。あいつら、はじめて女を知って、はまり込むんだ。てこたぁ、王子サマも森の民の誰かとねんごろにでもなったか? 大方、最初に出会った娘か。俺が裸にひんむいてやったからその体が目に焼き付いて忘れられずに、ついつい襲いかかり……。いや、王子サマにそんな根性はねえか。てこたあ、相手に誘われて……」
あごを撫でながら、にやにやとアレックスに聞こえるように色々というが、耳に入っていないのか、反応はなかった。
「ふむ、我々の目的は印璽を取り戻すこと。主たるアレックス殿が腑抜けては少々困るな」
「少々どころじゃねえな。判断を誤らなければいいがね」
「っと、合流予定のブラン村はまだ先なはずだが、どうしてあんたらがここにいるのかね」
森を出てすぐのところに、見知った影が三つあった。
「何、大方森の民の歓待を受けて遅くなっているのだろうと思ってね。迎えに来たところさ。別件がもう一つあるがね」
「スネイプ、久しぶりだな。そっちも無事だったか」
「無事だからこうして合流できたわけだ。先に急ぐ前に一つ。ウィード軍がこっちに迫ってきている。シュバインバルトを襲う気らしい。おそらく街道の小競り合いが膠着しているから、抜け道として利用する気なんだろう。急いで避けたほうがいい」
スネイプの言葉を聞き、アレックスは目をかっと見開いた。
「シュバインバルトを、襲う? 森の民はどうなる?」
「まぁ、森の民の連中も弓の名手がそろっているからな、只やられるということもないだろうが、なんせウィード軍も数が多い。おそらくは……」
「おそらくは……、どうなるというのだ?」
「壊滅だろ。王子サマ。やっぱり、森の娘に惚れたな? そのあわてよう」
答えないスネイプに代わってスィンが答えた。
「ほ、惚れてなんかいない! だけど、どうしてウィード軍は無関係の森の民を!」
「無関係じゃないってのがウィード軍の理屈だろうな」
「森の民が……」
先ほどの叫びとは一転、気力が抜け落ちたようにふらふらと歩み始めた。
「スィン。何があった」
スネイプがスィンに耳打ちして尋ねる。
「ミーニャという森の娘と夜、話していた。それ以上のことはわからねえが」
「美人か?」
「美人だ」
「ちっ……。どう出ると思う?」
「やばい、と思っている」
「スィンの勘は鋭すぎて困る」
「早めにわかれば対処できるだろ」
「さて、どうかね。勝利の死神は今困っているってことだけは確実だね」