第四十七話 罠
「セーバーの兄貴が負けるわけにはいかねえ」
「そうだ、我々森の民が、下等な猿どもに負けたとあっては歴史に傷がつく」
「いいな、ぬかりなくやれよ」
「よし」
ヘルマンとセーバーがにらみ合う闘技場の端で、森の民二人が陰でうごめいていた。
「あまり強い毒だと疑いがかかる。いいな、腕をしびらせる程度でいいぞ」
「もとよりそのつもり」
一人が口に筒を当てると一息吹いた。
「う!」
ヘルマンは小さく呻いた。それは誰にも気づかれぬ程度の反応。吹き矢を放った森の民もはずしたかと思ったほどである。
だが、それは確実にヘルマンの右手の機能を奪っていく。
「く……今度こそは!」
セーバーの想像は7度目になっていた。そこで初めて、激しい打ち合いが始まった。死なない。何が原因かは分からない、勝利すると決まったわけではない。だが、その通りに動けば少なくともすぐさま死ぬわけではない。その自信がセーバーを行動へと掻き立てた。
「何?!」
「どうしたスィン」
「どうしてセーバーは動ける? そしてどうしてヘルマンの太刀筋にキレがない? 想念殺で十分に精神力を奪い取っているはずなのに」
「想念殺が打ち破られたのか?」
「あんな奴に打ち破られるはずがねえ。だが、現に目の前では……」
互角、としか思えぬ剣と槍の舞が繰り広げられていた。
腕がしびれたとはいえ左手は健在。思うように動かぬ右手を補佐するように鞘を手に槍の一撃をさばいていた。
「鞘で防ぐとは、余裕か? それとも愚弄か?」
一層激しい打ち合い。剣と槍を交差させたまま二人の動きが止まった。
「そなたは……何も知らぬのだな?」
「何の話だ?」
「知らぬのか……。ならば殺すのは勘弁しよう」
「ふ、そんな口を叩く余裕があるとは。今現に互角に打ち合っているというものを」
ヘルマンの右手は力が入らないのだから、競り合いの結果は見えていた。
二人の想像は、このままヘルマンが後ろに押され、槍がその喉を貫く、という結果を見せていた。