第四話 決戦終結
歩兵隊を撃退したヘルマンとスネイプ。
次に騎兵隊が襲いかかる。
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蹄の音と共に鉄橋に振動が走る。普通の大地と異なり、踏ん張ることに支障を来しかねない状況で、ヘルマンはまっすぐに騎兵隊を見据えた。
「騎兵隊……。普通ならば恐れるところだが……」
ヘルマンは先ほど切り捨てた歩兵が持っていた槍を拾い、振り上げた。
「覚悟せよ」
「小癪な。槍の投擲で私を攻撃するつもりであろうが、速度を緩めることなく回避した上で突撃してくれるわ!」
先頭の騎兵は呟くとヘルマンの持つ槍の動きに注目し、手綱を引き締めた。
「槍は穂先で攻撃するもの……その思い込みが敗因と知れ!」
槍を真っ直ぐに投げるのではなく、水平に回転させながら騎兵に投げつけた。槍は橋の幅よりも長い。
「な! 横に逃げ場がない! だが!」
新人でありながら冷静な騎兵は手綱を引き上げると、馬ごと大きく跳躍した。
回転する槍は馬の下をくぐり抜け地面を転がっていく。
だが、騎兵の着地点には馬防柵の削られた丸太の尖端が待ち受けていた。
「まさか! ここまで計算に……?」
馬は悲鳴に似たいななきを残して串刺しになり、騎兵は柵の向こう側、ヘルマンの傍に鎧の金属音とともに転がってきた。
「柵越え、おめでとう」
「褒美は……あるのか?」
ヘルマンは初めて表情を崩した上で、サーベルを振り上げた。刀身に反射する太陽光が騎兵の目に入る。
「褒美を存分に堪能すると良い」
ヘルマンの手が振り下ろされ、鈍い音と悲鳴が響いた。
すぐさま、他の騎兵隊の様子を確認する。
「投擲した槍で、二番手が転倒したか……ウィード騎兵の程度が知れるな」
ヘルマンの背後から銃声が響くと、騎兵隊長が落馬する姿を認めた。
「騎兵の本分は突撃力……この位置から再度突撃しても柵は越えられず、銃弾の前に身をさらすことになる……撤退だ!」
隊長の戦死に伴い、隊員は冷静に判断するが、歩兵に続いて騎兵の撤退にケッペン大尉の顔は真っ赤になっていた。
「なぜだ! なぜたった一人に勝てぬ! 砲兵、奴を吹き飛ばしてしまえ!」
「大尉、お待ちください! 奴に砲撃を加えては鉄橋も無事では済みません。そうなれば、ここへ進撃したことに意味がございません」
傍に控えていた副官が慌てて進言する。
「どうすればいいと言うのだ!」
「こういう時のためにあの男を雇ったのではありませんか」
「そうか、あの男がおったか! 奴は何をしているのだ? そこの! 確認して参れ!」
「は!」
伝令役として傍にいた兵士がすぐさま飛び出していった。
「あのクレイス兵の剣の腕前は確かにすごいが、馬防柵を準備するなどの戦い方……おそらくは奴のものではない。この戦い方……覚えがあるぞ……」
ウィード陣営背後の森には一人の男が木の枝に腰掛けて、今までの戦いを観察していた。
「『勝利の死神』の二つ名の傭兵……スネイプ=シュースター。なんてこった。あいつが相手かよ……。
最初に出会ったのはいつだったか……俺が旧ウィードに、奴が革命軍に雇われたときだ……あいつは少数の軍団を率いて、革命を成功させやがった。
次は革命後の新ウィード軍……。このときは味方同士だった……。奴の指揮で次々と周辺の部族を制圧していった。あのときほど敵に回したくないと思ったことはない。
にも関わらず、今また再び敵としてまみえるとは……」
口元を手で押さえて呼吸を整える。
「落ち着け……。俺はスネイプが居ることに気づいた。奴はまだ俺の存在に気づいていない。さらに奴は二発撃っていて、おおよその居場所をさらした。これはかなり有利だ。この状況なら俺にも勝てる」
スネイプが潜んでいると思われる森の中を双眼鏡で探す。
「どこだ? どこに潜んでいる? 奴のことだ。そうそう簡単に見つからない場所だろうが、逆にそんな場所は限られてくる。あたりをつけることが出来るはずだ」
先ほどの二発の射撃を思い出す。歩兵隊長も騎兵隊長も右後方に向かって倒れた。即ち橋より左側から射撃をしたと言うこと。もう少ししっかり見ていれば良かったと悔やむが遅い。
「これが俺とスネイプの差か。だがまだ埋めることは出来る」
新緑の森にかすかに暗くなっているところを見つける。常人なら影だと思うところを、彼は半ば確信でスネイプだと判断した。
「居た! 見つけたぞ」
「へぇ、誰を?」
「決まっているだろ? スネイプだ。俺の勝ちだ」
「私も見つけたのよ」
「ん?」
ふと背後から聞こえてくる声は何だろうかと思った。最初はウィード兵が声をかけてきたのかと思っていたが、これは女の声だ。
瞬間、背後から伸びてきた手によって口元を押さえられる。
(思い出した! 『勝利の死神』の傍には常に『勝利の天使』がいたということを!)
喉元に冷たい金属が触れる。
「あなたというネズミを、ね。それじゃぁ、さよなら」
己の頸動脈から噴き出る血を見ながら、意識が薄れていく。
(ああ、やはりスネイプには勝てねえのか……)
ケッペン大尉に命令されて様子を見に来た歩兵が見たのは既に木の幹に背もたれた姿で事切れていた狙撃手の姿だった。
「退いていく。先の戦いは砲兵中心だったから何とかなったと思っていたが、歩兵と騎兵を伴う軍隊を打ち破るとは……」
サーベルに付着した血糊を拭き取りながらヘルマンは呟いた。
「な、勝てるだろう?」
振り返れば、そこには勝利をもたらした黒ずくめ、まさに死神の笑みを浮かべた男が立っていた。
「貴様いったい何者なのだ? 指示に従っただけでこの有様だ。正直、馬防柵の案を聞かなければ、敵中に切り込んでいって暴れ死ぬ覚悟だった」
「しがない傭兵さ。あんたの上司に雇われただけのな」
肩をすくめるスネイプを見て、ヘルマンは逆に肩を落として力を抜いた。
「また来るだろうか?」
「来るな。次は本当に数で押してくるだろう……それも砲兵は置いてきて、な。今回は勝ち戦と思わせて死の恐怖を与えることで撤退させることができたが、次回は死も恐れぬ軍団が相手だ。やれるか?」
「当然だ」
迷いのない真っ直ぐの瞳で渓谷の対岸を見据えた。
「ヘルマン。あんたも楽しそうだな?」
「貴様と居るからな」
口の端を緩めて、横目でスネイプを見る。
「「ふ……ふははは!」」
二人同時の笑い。
それは渓谷にいつまでもこだましていた。
三度ウィード軍は来るのか?
次は撃退できるのか?
次回をお楽しみに!
ちなみにまだまだ七人全員が登場するのは先になりそうです。