第四十五話孤独な戦い
四十六話と前後しました
ご迷惑をおかけしました
「敵地に一人ってのはどんな気分だ?」
「そなたには一生分かるまい」
「ああ、分かりたくもない。森の民は常に森にあり。その方ら草の民のように同族で争ったりせぬでな」
「同族で争わぬなら、他民族とは争うか……」
「その方らが、わが領域を侵したのだ。覚悟せよ」
ヘルマンが鞘におさめたサーベルに手をかける。セーバーは槍を両手で持ち、身構えた。
「初め!」
司会者の言葉とともに二人は……動きださなかった。
「なぜ、動かぬ」
セーバーがヘルマンに問う。その額には脂汗が浮かんでいた。
「何知れたこと。そなたが動くのを待っているだけだ」
「…………くっ!」
あたりにはセーバーの名前が繰り返し叫ばれるが、戦場の二人は一切動こうとしなかった。
「あのセーバーという男、動けばヘルマンに斬られる。潜り抜けた修羅場が違うわな」
「確かにクレイスはウィードと戦争をしたが、それ以前は平和だったはずだが」
「くは! 王子サマがこの程度の知識とはな。本気でクレイスが平和だと思っていたのか? 山賊、盗賊、海賊に、国境付近では異民族の侵入、俺達は常に戦場を東西南北行き来していたのさ。だからこそ国民は平和を謳歌できていた。王族にはそれを知っておいてもらいたかったねぇ」
「そ、そうだったのか……」
「あのセーバーとやらは、歴戦の勇者とか言われていたが、せいぜい、この森の中の動物相手に狩りをしていた程度だろ? すでににらみ合いで押されているじゃねえか。敵に囲まれていようが、本当に倒すべき相手は見えているさ」
「そういえばホーン峡谷でも多数を相手にしていたな」
「そういうこと。こんな勝負、やる前から結果は見えているんだよ。そういう意味で、森の民は平和主義だったな。くっくっ」
「どうして動かぬ?!」
「相手に問うくらいなら、自分から動いてはいかがか? そなたが動くまで、このまま何日でも耐えて見せよう」
「何日も、だと?」
「さて、そなたが相手してきた生き物たちは何日も巣から出ずにいられたかな?」
「く、うぉおおお!」
セーバーがヘルマンの言葉を打ち消すように叫びながら槍を繰り出した。
鈍い音が広場に広がるが、それは観客の歓声に打ち消されていた。セーバーの首から吹き出るものはあたりの地を赤色に染めていた。