第三十八話 森
アレックスはバックボーン山脈の森を歩いている時とはどことなく足取りを軽く感じていた。あの時はうっそうとして日が届かなかったが、ここではあちらこちらに木漏れ日が射し込み、健気に咲く花を照らす。
道、という物が整備されているわけではない。ただ獣や森の民が通ることがあって踏み固められた草だけがこの先が、何か、に繋がっていることを告げている。
「森の民の女は美人が多いんだよな、こう、すらっとした面長に透き通るような白い肌、流れるように濡れる金色の髪からひょっこり出ている尖った耳がセクシーでよ」
スィンの言葉で台無しである。
「だからといって某達を歓迎してくれるとは思えない」
ヘルマンの言葉に戦闘を歩いていたアレックスが急に振り返る。
「え、そうなの?」
「そーだよ、スネイプの野郎が何で逃げたか。あいつは鉄と火薬のニオイをぷんぷんさせているからな。森の民には真っ先に嫌われる。ああ、そうそうあと血のニオイもな」
スィンが両手を頭の後ろで組み、吐き捨てるようにして言った。
「鉄と血のニオイなら某達も同じ」
「え? 彼等は鉄が嫌いなの?」
「もともと好戦的な連中じゃないからな。戦争中の俺達なんか通してくれるどころか、むしろ追い出したいくらいだろ」
「危険じゃないか! 何でそんなところを通るんだよ」
「最終的に決めたのは……」
スィンが人差し指でアレックスの鼻を押さえつけた。
「何かあった時は責任取ってもらおうか」
「何か、って何があるんだよ」
「そう、例えば……こうだよ!」
スィンは鼻先を押さえていた指を離して襟首をつかみ、そのまま地面に引きずり倒した。
「いて! 何するんだ!」
と、叫ぶアレックスの髪に何かが当たって通り過ぎていく感触があった。
直後、乾いた甲高い音がした方を見やると、一本の樹に矢が刺さっているのが見えた。
「ち、警告無しったぁ、どっちが好戦的なんだかわかんねえぜ」
スィンが睨み付けた先には少女とも思えるほどの小柄な影が弓をつがえていた。