第三話 決戦開始
いよいよ敵軍がホーン渓谷に迫る。
果たして、クレイス軍三名の運命は……
「ケッペン大尉! 橋の上に馬防柵があります!」
「分かっておる! 小癪な真似をしよるわい!
歩兵隊前へ! 馬防柵を乗り越え、その向こうにいる虫けらを切り刻め!」
ケッペン大尉の野太い声が渓谷にこだますると、ウィード軍の歩兵隊が一斉に靴の音を踏みならして橋に進入してきた。
「歩兵隊五十人、騎兵隊二十騎、大砲が三十ほど、か……」
西側の森の中、一本の木の枝に腰掛けたスネイプが双眼鏡片手に状況把握と分析に努めていた。
「五十の歩兵も、あの狭い橋の上では二列縦隊にならざるを得ない。こちらの思惑通りだな」
鉄製の橋に軍靴の音が鳴り響く。総勢五十の歩兵の進軍は橋をかすかに揺らす。
兵の足並みも、天を突かんとする槍も二列に並び、少しの乱れがない。
馬防柵を挟んで対峙するのはヘルマンただ一人。サーベルを横に構えて、ウィード軍を待ち受けていた。
「良いか、敵は一人だ。馬防柵など乗り越えて蹴散らしてしまえ!」
「おう!」
進軍を止めることなく、歩兵隊長の号令の下、先頭の二人が早速馬防柵を駆け上がる。
「まずは……二人……」
駆け上がった二人は足から降りることなく、どさっと大きな音を立てて体を地面に横たわらせた。
ヘルマンのサーベルから赤い血が滴り落ち、地面にできた赤い海に合流する。
「な……いったい何が?」
「鎧の隙間からのどを突いていた。しかも二人連続で……。奴は……強い!」
「つ、次かかれ!」
「おう!」
またも二人同時にかかるが、柵を乗り越える時を狙われ、ヘルマンの刃に切り捨てられた。
「柵を越える時はどうしても隙が出来る。そこを突かれては……」
「一人がかかっている間、もう一人が槍で奴を牽制しろ!」
「おう!」
ヘルマンが近づかないように一人が柵越しに槍を突き出す。
「無駄だ!」
一閃で槍の穂先を切り落とすと、返す刀で柵を乗り越える兵士を切り捨てる。
「たった一人相手に……まるで難攻不落の城を相手にしているようだ!」
「どうすれば良いんだ?」
「つ、次だ! 次かかれ!」
「お、おい、お前行けよ」
「お前に手柄譲ってやるから先に行けよ」
「何をしている! 早く行かぬか!」
隊長の号令もむなしく、柵の向こうにいるオオカミのように睨み付けてくるたった一人の男の前に進もうとする者は居なかった。
「勝てると思い込んでいる戦で死にたくないって心理は進軍を鈍らせるねぇ。
さて、俺もそろそろ動くか」
森の中で息を潜めていたスネイプは双眼鏡をおろし、ライフル銃に持ち替える。
背中を木の幹に預け、両肘を両膝で支える。「我が身は銃と連結……」
銃身を見つめる。振動はない。
「我が心は空に消失……」
目標を見つめる。障害はない。
「我が指は死の鉄槌……」
引金に指をかける。躊躇はない。
「汝が魂は神へ献上……」
渓谷に銃声が響き渡り、鳥達が一斉に逃げ出した。
「早くせぬか! 奴に回復する隙を与えず次々とかか……ぐわ!」
歩兵隊長の眉間に風穴が空き、その場に倒れ込んだ。
「た、隊長!」
「今のは銃声? 隊長がやられた」
「ど、どうする?」
「どうするも何も、進んでも留まっても、やられる!」
「に、逃げろー!」
背を見せて駆け出す歩兵隊を見ながらも、ヘルマンは構えを解くことは無かった。
「たわいもない。この程度で恐れをなすとは……」
「ええい! たった一人を相手に逃げ出すとはなんと言うことだ! うぬぬぅ! 騎兵隊!」
ケッペン大尉の怒鳴り声を聞き、隣に控えていた騎兵隊長が前に出た。
「は、ここに!」
「馬防柵を跳び越えてあの者を踏みつぶして参れ!」
「は!」
騎兵隊長は表情を曇らせながらも命令に従い、隊員と向き合う。
「あの馬防柵を跳び越える自信のあるものはおらぬか!」
「おい、どう思う?」
「馬は柵を恐れる……。正直無理だろう」
がやがやと騒ぐだけで名乗りが出ない事に騎兵隊長の声が荒ぐ。
「どうした! 我らがウィード王国の誇り高き騎兵隊はその程度か? クレイスどもに笑われるぞ!」
一番後ろから隊列を押し分けるようにして一騎前に出てきた。
「僭越ながら私が先陣を切って皆の手本となりましょう」
「ほう、貴様新人だったな。自信があるというのか?」
「私ごときが行かずとも先輩諸氏が名乗りを上げられると思い控えておりましたが……あの程度の柵、何の問題がありましょう」
「頼もしいではないか、よし、行け! 皆は続け!」
「はぁ!」
「し、新人のくせに生意気な」
「奴に手柄を奪われてなるものか!」
先ほどの歩兵隊とは比べものにならない轟音が鉄橋に響き渡り、大津波のごとくヘルマンへと差し迫っていった。
歩兵部隊を撃退したが、まだ危難は去らない
次回をお楽しみに