第三十三話 闇
手足が拘束されているわけじゃない。
意識はしっかりしているのに体が動かない。
知っている。疲れたときなどに……いや、そういう状態とも違う。
手足がまるで石か鉛にでもされたかのようにぴくりとも動かない。
ゆっくりと意識を指先に集中させる。
腕を動かすことが重くて無理なら、軽い指からだ。
だがその試みは徒労に終わる。 これは何か別の力が働いているとしか考えられない。その何かを確認するためにまぶたを開けようと試みる。
そのまぶたもまたニカワで接着したように動かすことが叶わなかった。
ふと身体に触れて来るものがある。
それはそよ風のように優しく撫でているのに、なかなか通りすぎてくれない。 動かない身体に何をされるのかわからない感触。恐れがあるはずなのに、触れる度にゾクゾクと震えが起きて更なる刺激を求めてしまう。 刺激が首筋に到達したとき、今まで押さえていたものが弾け飛んだ。 刺激が首筋に到達したとき、今まで押さえていたものが弾け飛んだ。 細いものが頬を微かに撫でる。
本能が知っていると告げてくる。これは牝の匂いだ。何も恐れる必要は無い。どうせ動けないなら身を委ねよ。害はない。むしろ理性が知らない世界への扉を開くものだと。
ああ、そうか。知らない世界への扉なら開いてみよう、そう覚悟を決めた瞬間唇が濡れはじめた。
息苦しさと柔らかい感触。苦痛と快楽の間に悶えていると再び本能が告げる。緊張する必要は無い。身構えるから口で息をしようとしてしまうのだ。
ああ、そうか。息は鼻でするものだ。苦痛が徐々に和らいでくるとそのまま口のなかに何かが侵入してきた。
何かは独立した生き物のように口の中をはいずりまわり、うごめき、絡み付いてきた。 身動きできないまま誰かに弄ばれる屈辱は、今まで自分の思い通りに生きてきた王子という殻を粉々に砕き、一人の男、否、一匹の牡にまでおとしめた。
そのことを自覚し、哀しみがあふれているというのに、何故――?
足りない、この程度では足りないからもっと僕を弄んでほしいと乞い願っているのか?
本能はあくまで優しく語りかける。それが本当の自分だからと。何も哀しむ必要は無い。ここでは王子も平民も無い。ただ牡と牝の営みがあるだけだと。
さぁ更なる快楽が待っている。 言葉が終えると同時、意識と全身の力が下半身の一部に集中しはじめた。
急な膨張に自分の身体がこれほど変化したことに驚きを隠せずにいると、それは暖かく濡れたものに包み込まれていく。
瞬間、背筋が痺れ、腰のあたりが自分から離れ、独立しようと反乱を始めた。 自分のものであって自分のものじゃなくなっていくような感覚。
自分の知らない器官が動きを活発化させる。
その動きを抑止できる術を持たない、知らない。
ただその動きのままに身を委ね、寄り道することなく頂点へ真っすぐ登りつめていく。
その頂点の先に何があるのか。見たいような見てはいけない禁断の領域のような好奇心と不安に苛まされながらも歩みは止まらない。 もう目の前に見えはじめたソレはとても甘い言葉を囁きながら手招きする。
その手を握りしめるように身体が前のめりになる、と同時多くの体力と精力が前進から流れ出るように奪われていった。
胸が、肩が大きく上下する。もう何も考えられない、見えない、聞こえない。
闇へと堕ちていく中微かに脳に響いた。
「これであなたは……。」