第三十二話 捕食
乾燥した風が喉を焼き付かせる中、忍びは覆面を整えるように上げて岩場の頂上から周囲を見回した。
南の方角に舞い上がる砂埃を認めると、影を残すようにしてその姿を消した。
赤茶けた大地に濃紺色の影が一直線に尾を引いていく。
このゴレアスステップは乾燥した大地といえど、水が一滴も無いわけではない。地下よりこんこんと湧き出でる水がわずかではあってもオアシスを形成することもある。
オアシスは周囲を緑色に染め上げこの大地に住む生物たちの楽園を築き上げる。水を求める狩られるものを狩るもの。一定の距離が静寂を保つ。
そこに第三極が現れる。
身を低くする。
狙いは一頭の牛。
彼我の実力を天秤にかける。
想像する。己の速力、彼の速力。距離。
追いつかない。
一歩。草を踏みしめる。
想像する。
追いつかない。
一歩。
想像が目的を果たす。
腰を上げる。
右足に重心を移す。
濃紺の忍びが風を生み出す。と、同時。大地が震える。楽園は弱肉強食の戦場と化す。他の捕食者達も動き出す。遅れたものには死、あるいは飢えが降り注ぐ。
忍びは駈ける。腰の脇差しを抜き放つ。狙いは揺るがない。距離が縮む。あと三歩。二歩。一歩。
刃先が光を放つ。同時彼の最後の雄叫び、そして赤い花が咲き乱れ、大地がより大きな揺れを起こす。
喉を貫いた脇差しで倒れ込んだ牛の皮を切り裂くとピンク色にうごめく腸が顔を覗かせる。
忍びは覆面をずり下げて、耳元まで裂けた口を露わにする。全ての尖った牙をむき出しにしてまだ湯気の立ちこもる牛の腸に食らいついた。辺りに血とも体液ともつかぬものをまき散らしながら、ぐちゃぐちゃと咀嚼を繰り返す。
「ぐぉおおおおおおお!!」
忍びは上げる。勝者の雄叫びを。このオアシスの覇者は己であることを全てに知らしめるがごとく。
「なんだ。クルラ。ちゃんと別の肉を用意してくれたのか」
「何の話? 私はサンドワーム以外調達してないわよ」
アレックスは皮袋に包まれたものを右手で掲げた。
「じゃぁ、これは? 枕元に置いてあったんだが」
「他の誰かじゃないの? 私はアレックスにそこまでする義理はないわ」
「私に、そんな新鮮な肉を調達できるような真似はできませんわ」
「それじゃぁ、ヘルマンか?」
「おい、そこは真っ先に俺に聞くべき所だろ?」
両手を広げて力説するスィンを尻目にヘルマンは首を横に振る。
「スィンとは思えないんだけど……そうなのか?」
「まぁ、俺じゃないがな」
「聞いた僕がバカだったよ。あとはスネイプくらいしかいないけど」
「俺の弾は食料調達用じゃない。戦場用だ」
「そうか、一体誰か分からないけど、天からの贈り物だと思ってありがたく頂戴するか」
「それはいけない! 得体の知れない肉に毒が入っていたらどうするんだ! ここは俺が毒味をしてだな……」
「あら~。スィンには私が愛情という名の毒をたっぷり込めたサンドワームの肉があるから充分でしょ?」
クルラは恋人のようにスィンの肘を掴み腕組みをしてくる。
「そんな毒はいらねえよ。ああ! 一人で勝手に食べようとするんじゃない。 クルラ放せ! 俺にも一口! 畜生! 良い匂いがして来るじゃないか!」
「スィン、残念だったな。これは僕への贈り物だ」
ニコニコと笑みを浮かべながら、汁がしたたり落ちる串刺しの肉を口に頬張った。