第二話 決戦前
ホーン渓谷で敵を退けた三名の兵士に、新たな敵が迫ってくる。
前回の二倍の敵に三名は……。
ホーン渓谷。
クレイスとウィードの国境を作るバックボーン山脈北西の終点。
この渓谷を渡す鉄製の大橋はかつて両国の出資による友好の証であった。
しかし、それが今や戦略上重要な拠点と化していた。
大橋の西詰め、即ちクレイス側に長身の男が一人。
渓谷の下から吹き上げる風に深緑色の軍服が揺れるがいっこうに気にする様子はない。
それどころかオオカミのような鋭い眼光で東側を見つめ、今にも腰に差したサーベルを抜き放とうとしていた。
「先の戦いから三日……第二波が来るのがそろそろだとあの男は予想していたな」
大橋の上で横一列に置かれた三つの馬防柵に目をやった。
「丸太の先を削ってX字に組んだだけの即席だが、敵騎兵隊の突撃を防ぐには十分役立ってくれるだろう」
目の前にある柵をつかんで揺らし、しっかりとした作りであることを確認すると満足げに笑みを浮かべた。
「ヘルマン。残念な知らせがある。聞きたいか? 聞きたいだろう。いや、聞け」
突然背後から聞こえてきた声に笑みは消え去り、再びオオカミのような表情に戻っていた。
「このような状況だ。悪い知らせでも情報を一つでも仕入れなければ打開策は生まれない。聞かせてもらおうか、スネイプ」
振り返った先、ヘルマンと変わらぬ長身の男が肩からライフル銃をつり下げて立っていた。
つば広の黒い帽子とサングラス、そして無精ひげで男の表情は読み取れない。
だが、ヘルマンは『スネイプは笑っている』と直感した。
「良い心がけだ。その心がけが戦場で生き残る秘訣だ」
「講釈はいいから早く聞かせてもらおうか。まぁ内容はだいたい想像がついているのだが」
スネイプは肩を少し動かしてほう、と呟いて見せた。
「では答え合わせといこうか」
「援軍はない。そんなところだろう?」
スネイプは両手にはめた黒い皮手袋を叩いて、乾いた音を立てた。
「ご名答だ。褒美はこの拍手くらいしかないが、良いか?」
「ああ、あんたにそれ以上を求めるとしっぺ返しがありそうだからな。
しかし、本隊はここの重要性を理解しているのか?」
今度は大きく肩をすくめて見せた。
「理解しているさ。理解した上で援軍がないとなると、向こうはもっと切羽詰まっているって事だ」
ヘルマンは眉をひそめて呟いた。
「本当に理解しているのか? 怪しいものだ」
「しているさ。俺たちをここに残したのが何よりの証拠さ」
スネイプの口の端が少しつり上がったことをヘルマンは見逃さなかった。
「なるほど。理解していなければ呼び戻す、か。
ときに、援軍要請に行ったクルラは?」
クルラの姿を求めて、前後左右上下見回すが見あたらない。
「あいつか? あいつならとっくに獅子身中の虫になってもらった」
スネイプは東詰の向こうの森をあごで指し示した。
それにつられてヘルマンも視線を移す。
「そうか。それにしてもスネイプ、敵の次の襲撃は今日だと予想したな」
「ああ、ご名答だろ?」
森の中からわき上がる土煙を二人同時に認めた。
「その数二百だと予想したな」
「ああ、土煙も三日前の二倍ほどだからな。これもご名答だろ?」
「恐ろしい男だ。敵に回したくないものだ」
「味方で良かっただろ? まぁ、俺的にはお前の方が敵に回したくないがな。
じゃぁ、ここは頼んだぜ。ヘルマン」
「ああ、任せておけ」
ライフル銃の金属音を一つ鳴らして、過ぎ去っていくスネイプの背中にもう一度声をかけた。
「スネイプ、一つだけ聞きたいのだが」
「ん?」
立ち止まることなくヘルマンの次の言葉を促した。
「貴様この状況を楽しんでいるだろう?」
「あんたと一緒さ」
振り返ることなく答えるとそのまま西側の森の中へと消えていった。
次回、いよいよ決戦です。
果たして彼等の運命は……。