第二十七話 寒中行軍
「寒い」
アレックスはただ一言、マントの下で震えながら呟いた。
「日中はあんなに暑かったのに……」
「それがこの荒野の気候さ。日中暑く夜寒い。寒いと言っても雪が降るわけでも無し、歩いていりゃすぐに暖まる」
歩き始めてすぐは西日が肌に突き刺すようだったが、日が落ちた瞬間に違う世界に紛れ込んだかのような錯覚を覚えるほどだった。
太陽に変わって夜空を支配する半月は決して旅人に暖を与えない。むしろ奪い取るかのようにさえざえと青白く輝いていた。
「先ずはあの巨岩が目印ですわ。夜明けまでにあそこへたどり着けば日中の暑さを避けられますわ」
「夜明けまでに、ってあの巨岩まで歩いて半日かかるのか?」
「そうですわ。アレックス様」
「俺は歩いて半日もかかることよりも、それだけ離れている岩が見えていることに驚きだな。どんだけ大きいんだよ」
スィンは頭を掻きながら顔をしかめた。
「あの岩は『ブライタン島のへそ』と呼ばれ、ゴレアスステップのちょうど中心に位置していますわ。登ってみるとなかなかの景観ですから観光にも良いのですけどね」
「さすがにそんな時間はない。下から見上げるだけで満足しよう」
「お急ぎになる気持ちは分かりますが、焦りは禁物ですわ。己の体力を知らねばここで命を落とすことになりますわ」
「命を……落とす」
「自然をなめてはいけないってことだな。人間なんてちっぽけなものだって教えだ」
息を呑んだアレックスの背中を叩いてスィンは豪快に笑った。
「そうそう、命を落とすと言えば、この辺りは皆様が知らないような生き物がたくさんいて、その中には毒を持っているような危険なものもいますわ」
「え……? でも夜だからみんな寝ているよな」
「この荒野で人間が暑さを避けて夜に動こうとしているのに他の生き物は昼に動いていると思い込むなんて傲慢だと思いませんこと?」
マーナーが言い終える頃、辺りにガサガサという音が聞こえてきた。
「い、今のは?」
「きっとゴレアスサソリですわ。巨大な牛でさえ五分で仕留める猛毒を持っているだけで可愛い物ですわ」
「それはきっと可愛くないと思うな、僕」
「基本的にこちらが攻撃しなければ、毒を差してくることはありませんわ。私達は彼等にとってエサになり得ませんから」
「じゃぁ、私達がエサにするのは」
上空をふわふわと浮いたまま、五人の後をついていたクルラが問いかけてくる。
「やめておいた方が良いですわ。美味しくありませんから」
「ちぇー。美味しいのは居ないの? 美味しいのは」
「そうですわね。ゴレアスサンドワームは焼くと予想外に食べられましたわ。また食べたい、と思うほどではありませんでしたがサソリよりは遙かにマシでしたわ」
「ゴレアスサンドワーム……」
クルラは何か思い立ったかのように何度も呟いた。