第二十六話 ゴレアスステップ
季節は秋、山の上では紅葉も見受けられると言うにもかかわらず、夏に戻ったような直射日光は荒野を旅する者に容赦はしない。
まだら模様のようにわずかに生えた草と木々以外は砂と岩がむき出しの乾いた大地に吹き荒れる風は旅人の喉を焼き尽くそうとする。
「クレイス国内に、こんな土地があったなんて。スネイプがマントが必要だと言った訳が分かったよ」
アレックスは濃い青色の皮製マントに身を包み、直射日光と砂混じりの風から身を守る。
新たな協力者マーナーを迎えた一行はべーラングの町を出て程なくして見えてきたゴレアスステップの入り口とも言うべき集落で日が落ちるのを待っていた。
「最初、すぐに向かおう、と言い張っていたことは間違いだったよ」
旅人に休憩所として供される建物は土と藁でできており、中に入ると意外と涼しいがそれでも時折吹き込んでくる熱風がアレックス達の肌を苛む。
「まぁ、分かればいいってことよ。こんな暑い中歩くのは勘弁だぜ」
べーラングの町で大立ち回りしたはずのスィンは、そんなことが無かったかのように無傷の笑顔を見せながら水牛の牛乳を飲んでいた。
「賊もこの道を通っていったんだろうか?」
アレックスは出入り口から見える黄土色の地平線を見つめながら呟く。
「それはないな」
縦屋の一番奥に陣取って背もたれているスネイプがすぐさま否定した。
「バスポラス平原は主戦場だからな。それを避けるようにクレイス城から北街道を通ってべーラングの町へ。そこからすぐさまバックボーン山脈を越えてウィード領内に入っただろう」
「それじゃぁ、この追跡は」
「後を追うんじゃなく、ウィードの首都ガーゼルで印璽を奪い返す旅さ。どんな行程を辿ろうと、最終的に印璽の行き着く場所は王将軍アウグスティーンの手に渡る」
「賊から奪い返すより難しいんじゃないのか?」
「賊を見つけ出すことが難しい。聞けばウィードの忍びだったのだろう? だとすると姿形を変えながらガーゼルに向かっているはずだ。見つけ出せる自信があるのか?」
「確かに……覆面で顔を隠していたから姿を変えられたら分からない」
「そう、普通の旅人に紛れ込んでいるだろう。案外近くにいるかもしれないぜ」
口の端をつり上げ笑みを浮かべてすぐさま肩をすくめた。
「太陽があの山の頂上にかかり始めたら出発しましょう」
マーナーが二人の会話に割り込んできて、西の方にあるヒュージ山を指さした。
「そうだな、ヒュージ山まで落ちれば影になって少しは涼しいだろう。それまで後数時間か。夜の移動に供えて少し眠っておこう。アレックス。それで良いな?」
「うん。任せる。ゴレアスステップのことを知らない僕が口出せるような状況じゃない」
「ほう、随分と素直になったもんだな。この熱風はどうやらアレックスサマの意地を吹き飛ばしてくれたらしいな」
スィンはニヤニヤしながら奥にある藁の敷かれた部屋へと消えていった。