第二十四話 七人目
「何だ? 今の音は」
「気にするなよ。こういう店では風物詩みたいな物だ」
慌てるアレックスをたしなめてスィンは食事を再開する。
「何だと! もう一度言ってみろ!」
丸坊主の大男がビール瓶片手に怒声を上げる。
「何度でも言って上げるよ。このタマナシ! ビレーダーの町に行けないだ? 戦争が怖くて商隊がよく務まるね。戦争だからこそ物資を届けるんだという気概はないのかい? このタマナシのイタチ野郎!」
その目の前に堂々立って言い返すのは、大男の身長の半分ほどしかないのでは、と思うほどの小柄の女。フード付きのクロークに身を包み顔を隠しているが、褐色の顔からは笑みが浮かんでいるのがわずかに見える。
「タマナシだけじゃなくてイタチ野郎だと! もう許さねえ! おめえら、この女を取り囲め!」
「何やら、喧嘩みたいだな。ん? あの男、この辺りでも有名な荒くれの商隊『荒野のサソリ団』の一員じゃないか。そんな男を相手するったぁ、やるね、あの女」
「スネイプ、何をのん気にしているんだ? 助けないのか?」
アレックスは諍いの現場とスネイプを交互に見て尋ねる。
「助ける? 何故だ? あの女に正義があるなんて誰が決めた?」
「それは……」
助けを求めるように今度はスィンを見る。
「へへ、ちらっと見えたが良い形の唇していたぜ。むしゃぶりつきたくなるようなぷるぷるのな。褐色の肌もこの辺り特有の日焼けだが健康そうで眩しいくらいだぜ。綺麗は正義だぜ! スネイプ」
「スィン……下品なところは死なないと治らないのかしら」
「死ななければ治らないものはもう一つ持ってそうだがな」
「某も同意」
「それには僕も同意しよう」
「へへ、綺麗は正義、正義は勝つ、勝たなければいけないんだ。と言うわけで俺はあの女に助勢するぜ!」
スィンが起き上がって現場へ向かおうとした瞬間だった。
「な、消えた?」
「いや、正確には飛び上がった」
スネイプが冷静に分析すると果たして、女の姿は男達の包囲をあっさりと飛び越えて、アレックス達の台の上に音もなく着地した。
「ゴメンあそばせ。殿方……少々諍いから逃げて参りましたの。そこの御仁は私に助勢してくれると聞こえたもので」
「へへ、良い女を助けるのは良い男の務めだと、かの賢人ローゥエルトも申しておりましてね」
「ローゥエルトは我らが王家より分家した一族の英雄。絶対にそんなことは言わない!」
「いや、似たようなことは言っているが……スィンが言うと違うように聞こえるのは何故だろう」
スネイプがあごに手を当てて考え込んでいると、荒くれ者達の声が聞こえてきた。
「いたぞ、いつの間にあんな所まで逃げたんだ!」
「アレックス。ここで暴れるのはこれから先の旅のことを考えると得策じゃない。この場はスィンに押しつけ……いや、任せて逃げる方が良い」
「そうだな。お嬢さん、こちらへどうぞ」
アレックスが女の手を取り、その場から離れるのを皮切りに、スネイプ、クルラ、そしてヘルマンもそれに続いた。
「お客さん! お勘定!」
「その男が……払う」
ヘルマンが一度振り返り、スィンを指さして去っていった。
「ひゃっはー! 今朝は八つ当たりができないままだったから鬱憤がたまってたんだ! あんたらには悪いが解消させて貰うぜ!」