第二十三話 道案内
「さて、これから向かう予定のゴレアスステップだが……」
「ふむ、この大豆はなかなかの物だな。宮廷でもこれほど美味いものは食べたことがない」
「だろ?
味付けに秘密があるんだぜ」
「交易路とはなっているが、実際は道無き道を行く荒野地帯だ。下手すりゃ砂漠みたいなところだから道案内が必要だ」
「スィン、僕の作った物を食べるといい」
「ほう、アレックスが作ったチーダーとはね。普通ならかなりの名誉なことなんだろうよ」
「今でも充分名誉だと思うが……」
「そこでだ。この町でゴレアスステップの向こうにあるビレーダーの町まで交易に向かう商隊と共に向かうのが賢明だ」
「もっとレタスの巻き方を工夫すると良い。他の具と別々になっているが、レタスでも具を巻くんだ。レタスは水分がたっぷり入っているから、濃い味付けの具材と一緒にするんだ」
「なるほど、分かった。次は意識して作ってみよう」
「いいから、聞けよ! お前ら!」
スネイプが台の上を思いっきり叩くといくつかの皿が浮き上がった。
「私は聞いているわよ」
「某も聞いているから心配は要らない」
「あんたらは元々これからの状況に対する認識があるから良いんだよ。問題はこの先何とかなるさのスィンと、世間知らずのお坊ちゃまだ。お前らのために言っているんだぞ」
「い、いや、スネイプ。僕はちゃんと聞いているぞ。ゴレアスステップだろ? あ、姉さん。ビールもう一杯」
「俺の分ももう一杯。その件だがビレーダーの町に行く商隊は居ないぜ」
「ほう、スィンの口からその言葉が聞けるとは思っていなかった」
スネイプは腕組みをして椅子に背もたれた。
「ビレーダーは戦渦の中心だからな。昼のウチに情報収集しておいた」
タコの入ったチーダーを噛みちぎりながら、スィンが答える。
「そう、俺も不安になって方々当たったが無理だった。で、どうする? アレックス」
「え、突然振るの?」
「アレックス。あんたが目的を持って始めた旅だ。俺達は随行はするし助言もするが、物事は決定しない。あんたが決めるんだ」
「選択肢としては何があるんだ」
「一つ目は案内なしでビレーダーに向かう。二つ目は行き先を変える。三つ目は金で案内してくれる奴を雇うってところか」
「げぇ、ゴレアスステップに案内なしは自殺だぜ。それは避けようぜ」
スィンが肩をすくめてあからさまに顔をしかめた。
「私が上空から先を見るっていう手もあるけど」
「あそこは荒野なだけあって、日中は凄く暑い。今の季節でもな。昼は休み夜に行動する方が賢明なんだ。幾らクルラでも夜暗くて、そんな先まで見通せないだろ」
「う……そだね」
「行き先を変えると言っても、これが一番良いと思って選んだ道だろ? これを変えるとなると」
「遠回りになるか、今すぐにウィード領内に侵入するかだ」
「それは避けたい。僕達は既に遠回りしているんだ。今からは最短距離で向かわないと」
「なら案内役を雇うということで良いんだな」
「それしかないだろう。幾らになるんだ?」
「ただでさえ危険なゴレアスステップ。行き先が戦場のビレーダーともなると半端な額じゃない。これくらいはいるだろう」
スネイプは手のひらを広げてアレックスに突き出す。
「五万か、良いだろう」
スィンがニヤニヤしながらスネイプの近くに寄ってきて耳打ちする。
「今の、五千のつもりだったんだろ?」
「当然」
「それじゃぁ残りの四万五千は……」
「当然」
「くっくっくっおぬしも悪よのう」
「当然……お前もな」
スネイプは指二本をスィンに差し出す。スィンはそれを握った。
「交渉成立」
「笑いがとまらねえ」
「で、誰を雇うんだ?」
「まぁ、それはこれからなんだが……」
その時、ガラス瓶や陶器の皿などが割れたとおぼしき大きな音が店内に響き渡った。