第十九話 戦友
一陣の風が吹き抜ける。木々の枯葉がカサカサと乾いた音を立てて去っていく。
黒と赤がその音の中に飲み込まれる。
スネイプは既に弾を装填しリラの胸に狙いを定める。後は指に少し力を入れるだけでおしまい。
なのに……リラと共に戦場を駆け巡ったことを思い出す。
狙撃手に感傷は不要。例え今まで味方であったとしても今は敵。撃つことにためらいがあればそれは失敗に繋がる。一旦目をつむり頭に浮かんだことを打ち消そうとするがいつまでも去っていかない。
「あの男のクセは分かっているよ。いつ、どこから撃つのか。弾道さえ予測可能だ。分かってさえしまえばよけるのは簡単な話だ」
リラはあごをツイと上げて見下すようにしてスィンに語りかける。
「ほう……そんなにあいつのことが分かっているのか?」
「分かっているさ。同じ部隊で戦場を駆け巡ったからね。いつもいつもいつも! 辺境討伐作戦の時もペティリシア内乱の時もウィード革命の時も……同じ勢力についただけじゃない。いつも一緒に歩き、飯を食らい、眠りについたんだ。そう……身体を重ねるときもあったね」
スィンが目を丸くしてリラを見た。
「へぇ、クルラ一筋かと思っていたがそういうこともあるなんてな……。まぁなんだ。幼なじみとして思うのは、何か寝取られた気分なのがむしゃくしゃするぜ。悪いがこの八つ当たりはあんたに向けさせてもらう……ぜ!」
言い終えると同時にリラに向かって駈けだした。
(なるほど……。さっきから頭の中に浮かんでいることは、奴に狙撃が通用しないという警告だったのか)
スネイプが隣を見ると表情が凍り付いたクルラの姿があった。
(やれやれ……戦場に感情を持ち込むなとあれほど言っているのだがな)
クルラを肘でつつき、手振りで羽ばたきをするように伝えると、凍り付いていた表情が驚きへと変わった。
その顔は『本当に良いのか?』と尋ねている。
(やれ)
クルラの迷いを断ち切るように指を突き出した。
森の中に剣戟の高い音が数回鳴り渡る。
「言わなかったか? 今日の相手はあんたじゃないって」
スィンの両手から繰り出されるかぎ爪をあるいはレイピアで捌き、あるいは身をよじって躱す。
「最近耳が遠くてね。良く聞こえなかったのさ」
レイピアに捌かれるなら、そのレイピアごと叩き斬るより強い一撃を。
身をよじって躱されるなら、よじられる前に貫くより早い一閃を。
一合、また一合交える度により強く、より早く。
「ひゃっはー! 今日の俺は最高潮だ! 悪いね……とっとと死ねや!」
先ほどより強い一撃が繰り出されるなら、レイピアの角度をより深くして捌く。
先ほどより早い一閃が繰り出されるなら、より先の未来を予測して躱す。
一合、また一合交える度により深く、より先を。
「悪いが死ぬ気は無い。さらに君の狙いも分かっている」
「何?」
ぴたりとスィンの動きが止まる。
「私の注意を君に向け続ければどうなるか……。それが分からないバカだとでも?」
「俺が相手している間にスネイプが撃つってか? そんなこと狙ってねえよ。俺は俺自身の力だけでてめえを倒す!」
その時、一本の木の上から鳥が羽ばたく音が聞こえてきた。