第十八話 遭遇
「スィンの口車に乗って随分と遠回りとなってしまった。同じ道を戻るなんて不毛だ」
「へへ、まぁそう言うなって。おかげで五万……いや、強力な味方と一緒になれたんだからよ」
スィンはなれなれしくアレックスの肩を抱き寄せてにやにやと答える。
が、アレックスは顔をしかめてスィンの手を払った。
「スネイプの案に従って、直接ウィードの首都ガーゼルに向かうため、可能な限りクレイス領内を進むことにするんだったらバスポラス平原から向かった方が近かったではないか」
「だが、そうすることに決めたのはスネイプが居たからだろ?」
「うむ。さすが傭兵。僕が気付かなかったことを次々に決めてくれた。進路だけじゃなく、食事当番をクルラにやって貰うこと、僕達の身分を隠すために近くの街で服を着替えること。スネイプが居なければ何も知らないまま突き進むところだった」
スネイプは褒められても表情一つ変えないまま、峠を歩み続ける。目的地はこの峠を越えた先にあるべーラングの街。
「べーラングはバックボーン山脈の麓にあり北西と南東の都市部を結ぶ交通の要衝。大概のものは揃えられるから、我々の目的を果たすことができる」
というスネイプの言葉に従ってのことである。
枯葉が降り積もった道を踏みしめながら登っていくと次第に辺りは明るくなってきた。
「もう間もなく夜明けか……べーラングに着いたら少しは休みたいものだな」
アレックスが呟くと登り行く峠の向こうから朝日が明るく一行を照らし始めた。
「スネイプ!」
朝日と同時クルラが上空より舞い降りてきて、スネイプの身体を抱きかかえた。
「間に合ったか……」
そのまま、上昇し紅葉した木々の間に飲み込まれるように消えていった。
「何があったんだ?」
アレックスの疑問にスネイプもクルラも答えない。いや、その場に居もしなかった
代わりに答えるものはただ一人。かぎ爪の付いた手甲をはめ始めたスィンだった。
「逆光でよく見えないが……その真紅の鎧……リラか?」
「あら、『かぎ爪のスィン』に覚えていただいているなんて光栄ね」
朝日を背に浴びて一行を見下ろすように立ちはだかる女が一人いた。
「俺もあんたに覚えてもらえているなんて光栄だな」
両手の得物を胸の前で交差させてリラの前に立ちはだかる。ヘルマンもまたサーベルの柄に手を添えてスィンの横に並ぶ。後ろではアレックスが状況も飲み込めずにスィンに尋ねた。
「スィン、知っているのか?」
「名前だけはな。あいつの名はリラ・ビセート。スネイプ達と同じ傭兵団『蛇の牙』に所属。その真紅の鎧を纏い戦場を駆け巡ることから付いた二つ名は……『戦場の赤いバラ』」
「その名前は好きではないのよ。私の姿だけを表していて、私の武功を表しては居ないから。本来ならば私が戦場を駆け巡ったことはすべて所属する軍を勝利に導くため。勝ち取った武勲は数知れず。にもかかわらずバラに例えられるのは心外なのよ」
「へぇ、そうかい……それでどうするんだ? ここで王子サマを討ち取って手柄とする気かい?」
「は! そんな坊やを討ち取って何の自慢になるんだい? かぎ爪のスィンを討ち取ったというならいざ知らずね」
「ご指名は俺か……悪いなヘルマン。先に行かせて貰うぜ」
一歩前へ出る。未だお互いに間合いの外。
「悪いけど、今回はあなたでもないの。目的を果たした後でゆっくりとお相手したいものね」
「俺じゃない。王子サマでもないってことは……」
「そう、今もこの森の中で息を潜めて私のここに狙いを定めている誰かさんよ」
親指を自分の胸に当てて笑みを浮かべた。