第十五話 口止め
「王子の命令とあらば拒否する道理はありませぬが、筋だけは通していただきたい」
「筋……とは?」
「王子サマよ。俺達軍人は指揮官の命令で動いている。それは覆せないって事さ」
「スィン。君は随分と指揮官の命令を無視していたようだが」
「話をそらすんじゃない」
二人のやりとりにヘルマンが割り込んでくる。
「アレックス王子。某は第十五歩兵中隊所属で中隊長よりこの橋の守備を命じられております。
この任を解いて新たに王子に随行する命令を頂かないことには従えません」
「ヘルマンは堅いねぇ」
アレックスはヘルマンの言葉に一度頷くが、すぐあごに手を当てて考え込んだ。
「君の指揮官がどこにいるかは分からないがここから離れているのだろう? そこに行くことになるとさらに遠回りに……」
「書簡でやりとりすれば良いだろ」
スィンの提案にアレックスは顔を上げる。
「なるほど書簡か……だが誰かに行ってもらわないと」
「クルラならひとっ飛びだぜ」
「なんであんたに指図受けなきゃ行けないのよ」
クルラが眉をひそめながらスィンを睨み付ける。
「俺達も傭兵とはいえ、ヘルマンと同じく第十五歩兵中隊長の指揮下で動いている。王子に随行するなら追加料金を頂かないとな」
スィンとヘルマンの表情が一気に曇るが、アレックスはなるほどと頷きながら口を開いた。
「なるほど。さすがは金で動くという傭兵。幾ら必要なのだ?」
「俺とクルラ、二人で百万グラハムだ」
曇った表情をしていた二人の目が大きく開く一方でアレックスは全く気にしないように首を縦に振った。
「良いだろう。だが手持ちがあるわけではない。支払は任務を完了して城に戻った時で良いか?」
「ああ、良いぜ。それじゃぁ、クルラ。最初の仕事だ。ミラー中隊長の所に王子の書簡を届けてくれ」
「はーい」
「スネイプの指図だったら聞くのかよ」
「当たり前じゃない」
すぐさまアレックスがしたためた書簡を持ってクルラが飛び去ると、暗闇の中男四人歩き始めた。印璽を盗んだ賊はすでにかなりの距離を進んでいると思われるためだ。
アレックスを戦闘にヘルマンが続く。後ろでスィンがスネイプの肩を組んで小声で話しかけた。
「相手が王子だからってそこまでやるかね? 相場の三倍……いや、五倍はふっかけているだろ?」
スネイプは表情を一切変えずに指を四本立てて一言だけ告げた。
「これでどうだ?」
「お、話が早いねぇ」
「百万の中に既に含まれている」
「もう少し勉強しろよ」
スィンは折り曲げたままのスネイプの親指を無理矢理開こうとするが、頑な抵抗にあって中々叶わない。
「これで満足しておけ」
「いやだね。親指を立てないなら。王子にばらすぜ?」
「分かったよ。これで良いんだな?」
「最初からその気なんだろ? 無駄な交渉をさせるなよ。へへ、五万グラハムなんて夢のようだぜ」
「その代わり、王子には何も言うなよ?」
「分かっているって。お前とは大事な幼なじみだからな」
ニヤニヤしながらスィンはスネイプから離れてヘルマンの方へと駆け寄った。
「大事な幼なじみ相手に口止め料の請求かよ」
やれやれと呆れながら肩をすくめるころには最初の峠にさしかかっていた。