第十二話 暴風
一つの金属音が高く奏でられる。
スィンが両手にはめた手甲を打ち合った。この手甲の先には約八十センチに渡る刃がある。パタと呼ばれる武器だが、刃先を曲げてかぎ爪状にしたものを左手に装着している。
「さぁて、踊ろうか!」
ゆっくりと両腕を、鷹が舞いあがるときの翼のように広げて一歩前に出る。
「あ、あいつは……バラポラス平原で大暴れしていた……『かぎ爪のスィン』」
「ほう、知っている奴がいるとは嬉しいねぇ。
褒美にお前から殺してやるよ!」
風切り音の後に人が倒れこむ音。
「三つ!」
「む? さっきの二人を数えているのか?」
ヘルマンは振り向くことなく、スィンへと尋ねる。
「別に良いだろ?」
「貴殿が来る前に、某は十一人だが良いか? これで、十三だ」
スィンと話をしながらも、足下にはウィード兵の死体が新しく二つ追加されていた。
「良いぜ。それくらいの差はすぐに追いつくぜ! 四つ、五つ、六つ!」
左手のかぎ爪で敵の身体を引っ張り、右手の刃で貫く。
両手の刃を同時に横薙ぎで切り捨てる。
スィンの得意とする二つの戦い方。これを織り交ぜられてはウィード兵も先が読めず、いたずらに兵を失っていく。
奇抜な戦い方のスィンに対してヘルマンは剣術の見本のような動き。それは長年の研究で一番優れているとされた型通りのもの。
先は読みやすくても、全く乱れない動きに隙はなく、こちらでもいたずらに兵が失われていく。
「二十七!」
「はっはー! ほとんど追いついたぜ! 二十五!」
ウィード兵の波の中心で渦巻く暴風。肉が切り裂かれる音と悲鳴が奏でる狂想曲。
「やつらは疲れというものを知らぬのか!」
双眼鏡でのぞき込み打ち震えるケッペンに対し、ホークは淡々と前進の号令を出し続けていた。
「たかが二人。いずれは果てる。行け!」
ケッペンは眉一つ動かさないホークにも恐れを抱くが、もう一つ気がかりな点があった。
「あの狙撃手がまだ動いていない。馬防柵が壊れても何もしなかった。今もだ」
双眼鏡であちこち見回すが、狙撃手というものの戦い方を知らないケッペンに見つける術はなかった。
だが、違うものを発見した。
「ホーク少佐。騎兵が一騎近づいて参ります!」
「一騎? 大勢に影響はない」
「は、はぁ……」
「うわああ!」
喊声とはとても言えない、悲鳴に似た声でアレックスは戦場であるホーン橋に現れた。
奇襲ともいうべき突撃により馬体で三人の兵士をはね飛ばしたが、振り回す槍はお粗末で兵士には届かない。
「ち、王子め。大人しくしてろって言っておいたのに……てめえが来ると、護衛しなきゃいけねえじゃねえか」
スィンはアレックスの姿を認めると、素早くそちらに移動する。
「ヘルマン、ここは任せたぜ! 悪いが敵の進軍を食い止めてくれ! 五十五!」
「五十二……抜かれていたか……。任されよう」
橋の東から押し寄せてくるウィード兵の進行を妨げるようにヘルマンは仁王立ち。
「さてウィード兵よ、二人が一人になったからと安心しないことだな」
「ス、スィン! 来てくれたのか!」
馬上のアレックスに笑みが浮かぶ。
「馬鹿野郎! 大人しくしてろと言っただろ!」
アレックスの傍にいる兵士をなぎ倒しながら、スィンは叫ぶ。
「僕は王子だ。戦場を臣下に任せて指をくわえていられるような真似は出来ない」
眉をつり上げて反論するが、スィンに聞く耳はない。
「自分の実力を弁えずに無茶すんじゃねえ。俺が苦労するだろうが! ああ! 馬が邪魔だ!」
突きと薙ぎ、繰り出される攻撃は先ほどヘルマンと一緒の時と異なり、アレックス達を傷つけないように制限されたものになる。
「せっかく逆転したって言うのに、また追い抜かれるじゃねえか……六十三!」
「何の話だ?」
「王子サマには関係ねえよ」
突然、ホーン渓谷に銃声が響き渡った。
「銃声? 狙撃手がいるのか?」
スィンは素早く辺りを見渡すが、王子を含め銃撃を受けた者は見受けられなかった。
「外したのか……。だが……」
ウィード兵もスィンと同じ動きをしたことでこの銃撃はウィード側からのものではないことを悟った。
「味方? だとしたら、この銃撃は……」
「スィン! 今すぐ、この橋から退け!」
ヘルマンがウィード兵と戦いながら叫ぶ。
「はぁ? こんな楽しい戦場から、何故逃げなければ行けないんだよ!」
「良いから退け! そこの騎兵を連れて退け! 早くしろ!」
「お前はどうするんだよ!」
「気にかける必要はない。行け!」
「分かった。ほら、王子サマ。下がれよ」
「臣下に任せて、僕が逃げるわけには……」
「うるさい! 俺だって残りてえんだよ! ほれ、行け!」
馬体を叩いて西岸に誘導して、自分は下がりつつウィード兵を切り倒していった。