第百話
スネイプが銃を構えて、呼吸を整える。
広場では処刑台の床が開き、王子の体を支えるものはなく、ただ首に巻きつけられた縄だけが引っ張られて伸びていく。
(落下速度、想定内)
「行け」
スネイプの言葉と同時、クルラが翼を広げて飛びだす。
(反応速度、想定内)
アレックスは最後の抵抗とばかりに、床が開くと同時に飛びあがり、縄にかみつこうとするが、失敗して落下していく。
(その行動による誤差修正、想定内)
山岳地帯から風が吹き、クルラの軌道がやや左にずれる。
(想定内)
スネイプの呼吸が止まる。暗夜に霜が降りるがごとく、静かに指が引き絞られる。
(撃発)
風が突風となって強さが変化する。
(想定内)
弾丸の軌道がクルラの羽ばたく翼をかすめて、わずかに減速する。
(想定内)
王子の体を拘束する縄が伸びきる。それはすなわち王子の死。
否、伸びきった縄はわずかな衝撃で切れる。そう、たとえば弾丸が通過する、など。
王子は覚悟した衝撃が来ないまま身体が落ち続けていることに恐怖した。
次の瞬間。
「う、撃て! 何をしている! 弓兵部隊! 前へ!」
柔らかい衝撃とともに身体の向かう方向が絶望の落下から希望の上昇へと向かうのを感じる。
「し、しかし、撃てば市民に当たります!」
ウィード兵の戸惑いをよそに、クルラは高く高く青空へと舞い上がった。その腕に満身創痍の王子を抱えて。