ジムのキング
「んん……」
「いいよ、もっとだ」
「んっ……」
「苦しいと思うんじゃない、その苦しみが気持ち良いと思うんだ」
そんな言葉を交わす二人の男女……と、言ったら思春期男子が喜びそうな状況だが、残念ながら場所はジムで、男女の関係はトレーナーとジムの利用者である。
「最近良い調子だね。これからも頑張ろう」
「はい! いつもありがとうございます!」
元気のいい返事をした少女―大外羽凛は後藤と同じ高校に通っている高校2年生、つまり後藤と同じ学年である。
彼女は陸上部の将来有望な選手であり、部活があった日も、その帰りにジムで体を鍛えているのだ。
引き締まった体が、自分に妥協せず、鍛えてきたことを物語っている。
「そういえば、大外羽さんはいつもこの日はオフにしてるよね? どうして今日は来てくれたんだい?」
「今週は部活の日が変更になったんですよ」
大外羽が巻いていた頭に巻いていたタオルを外すと、楓のような赤い髪が腰の辺りまで広がった。
最初は筋トレの話以外していなかった二人だが、今では学校のことについてまで話すくらいに打ち解けていた。
「じゃあ大外羽さんは後藤くんを知っているかい?彼はこの曜日しか来ないんだよ」
「後藤……そんな有名な人なんですか?」
「君と同じ上戸高校だったはずだよ? 友達だと思ったんだけど……」
「私、スポーツ以外のことは興味ないので。人とはあまり関わらないんです......」
ほんのりと桃色の色をした唇が小刻みに震えている。声も少し弱々しかった。誰の目から見ても泣きそうな事は明白だった。
「……」
―地雷を踏んでしまっただろうか……
焦るトレーナー。今にも泣きだしそうな大鳥羽。地獄絵図である。
「ほら、あそこでベンチプレスを150キロ持ち上げている子がいるだろう?」
気まずい空気から逃げるようにトレーナーが指をさした先には。自分の体重の2倍はあるであろう重量を上げている男がいた。
大外羽は泣きだすのを止めて、絶句した。
(自分の体重の2倍なんて……アスリートレベルじゃない!)
「あんな人が、私の通っているジムにいたんですね……」
「驚いただろう? 彼はこのジムの最高記録保持者だよ。だから、このジムでは『キング』と呼ばれているよ。」
「後藤……キングは私より強いんですか?」
「強い……まぁ、大外羽さんより重い重量は上げているね。と言っても大外羽さんは女性だから……しまった!」
慌てて言葉を止めるトレーナー。しかし、もう遅かった。
「最高記録保持者……私、戦いたい! そして勝つんだ……勝つんだ……」
―あぁ、いつものやつだ。
彼女は簡単に言うと負けず嫌いだ。しかし、それだけでは片付けられないほどに、負けることを嫌う。
彼女は自分より上の存在のことを話すと、何かに怯えているように努力して、勝とうとする。
なぜ、彼女はそこまで勝ちにこだわるのか、トレーナーには分からなかった。