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第二話 親であること


 サウサンプトンから艦が出る。幾人もの要人を乗せ、今回も最重要人物らを乗せたウォースケイル号の貴賓室は、とても心休まらぬ空間となっていた。

「……──その見定めをいい加減止めろ」

「おう、自分から言えるか。感心感心」

「握手に左手を出す気はない。前評がどうであろうと、今協力出来ないような子供ではないだろう。互いにな」

「…お前、怖じぬというか、肚が良く据わっているな。常に正面ストレートか?」

「一秒おきに怯えられていたいのか?」

「いいや、その趣味は持ってねえよ」

 何とも真面目。真面目に真面目、生真面目と重ねてその上に「義」が載っているようだ。テオドールは女王に跪いていなかった所から第一印象は悪いだろうと予測し、事実そのような態度をこの狩人はとるが、それ以外は奇妙な程に普通だ。

 「任務の中でどう動く人間か」を見ているのだろうが、それにしては相当おかしい部類に入る。テオドールの経験上ダライアスは「話せない」人種なのにも関わらず、「話せる」男なのだ。これほど奇妙な事も珍しい。

 しかしそれなら良い事に変わりはない。テオドールはにい、と唇を歪め、手を差し出した。

「面白い男が居たものだ。忌諱無く言葉を放つにしては境界と領分を良く良く弁えている。お前ならば途中で殺してしまう事も無いだろう」

「ああ、俺も何故貴様に理解を及ばせる事ができるのだろうと考えていたよ。甚だ不本意だがな」

 握手は一時軋んだ音がした。しかしその瞬間、艦が大きく揺れる。ダライアスが窓を見るとハーゲンクロイツを掲げる艦が砲門をこちらに向けていた。

「ッチ。出てくるのが早くなっているな……」

「よく此処まで来ているな。如何(どう)するつもりだ?」

「まずは風を折る」

 ダライアスは左手に長銃を持ち、丸窓を開けるとその銃身を突き出す。そしてマストに狙いを定めると、迷いなく引鉄を引いた。

「っ!!」

 反動の衝撃が部屋をビリビリと揺らす。弾丸は真っ直ぐ艦に向かって飛んで行き、フォアマストとメインマストの中核を正確に撃ち抜きへし折った。

「グレイズ少将!ケーニヒ・シュヴァルツ級です!」

「ああ、見えている。二本は折った。指揮はパーシヴァル大佐に任せる」

 ダライアスが甲板に向かうと魔力矢が降ってきている真っ最中だった。銃身で叩き落とし、現場指揮を採る大佐の下へ向かう。

「パーシヴァル大佐、あれはどこから出た」

「分かりません。艦ごとの転移か、あるいは隠していたか…」

「乗せている人間を知って出てきたと思うか?」

「いえ、グレイズ少将が前線に向かうことは予期されても、()の事が漏れたとは…。っ!!」

「──おい、蛇目(バジリスク)!!貴様、何故出て来ている!」

 不干渉であったとはいえ、ドイツに住み第三神国側だと思われているテオドールがイギリスの艦に乗っていると分かれば任務を大きく妨害されるのは目に見えている。早速ダライアスの米神に血管が浮くが、テオドールは気に留めてもいない。

「貴様がこちらにいることが分かればナチスも指針を大きく変えるだろう!」

「怒るな怒るな。放っておいてもあれは沈む」

「…は?」

「それより直ぐに前進しろ。巻き添えを喰らうぞ」

「どうして──いや、いい。後だ」

 即座に受け入れたダライアスにテオドールは目を丸くする。ダライアスは振り返りもせず大佐に前進するよう伝え、艦が緊急前進する。

 その直後──ウォースケイル号の船尾を鉄砲水が突き抜け、ケーニヒ・シュヴァルツに突進していく。

「シーサーペントだ!!!」

 青白く巨大な細長い体の、東洋の「蛟」に似る怪物がケーニヒ・シュヴァルツの砲撃をものともせず艦に巻き付く。そして乗員の抵抗虚しく艦は粉々に砕かれ、海の中に沈んでしまった。

「なんという…。!まずい、頭がこちらを向いているぞ!」

「迎撃します!」

「待て、待て。(いたずら)に消耗するな」

 テオドールはポケットから結晶を取り出すと手のひらに握り込む。そしてその手が開いたそこには石化した結晶があった。

 テオドールは船首に向かうと石化した結晶を海に投げ入れる。するとこちらに向かってきていたシーサーペントは、途中でぴたりとその動きを止めた。

「止まった…?」

「──良し、良し。利口だな。邪魔はしてくれるなよ」

『クル…ル…』

 シーサーペントが見ているのがウォースケイル号ではなくその船首に立つ魔法使いだということに誰かが気付いた。シーサーペントは先の勢いを失ったばかりか、彼の牙の大きさくらいしかない人間に怯えているように見える。

「もう動かして良いぞ」

「…あれは放っておいて良いのか」

「ああ、気になるか。『──────』」

 シューシューと蛇のような音が目の前の男から聞こえる。その音は海上のシーサーペントに届くほど大きな音ではなかったが、シーサーペントはそれが聞こえるや否や逃げるように海に潜り去って行った。

「これで良いか?」

「──貴様……」

「あ?」

「数え役満ではないか……」

「何だよお前」

「…俺は貴様の能力を殆ど知らなかったようだ。全部吐いてもらうぞ」

「襟を引っ張るんじゃあねえよ!」

 ダライアスがテオドールを部屋に引きずって行く。動揺もそこそこに、やがて艦は再び動き出した。



「『バジリスク』の肉を食った……はあ……だからパーセルタングなのか……」

「知られているものだと思っていたが」

「伝わっているのは貴様が『バジリスクを討った』という事だけだ!よく呪いの(ヘビ)を食おうと思ったな……!」

「そりゃあ腹が減ったからなあ。食える化生なら食って力を得るだろう。蛇は食えるしな。案外美味いぞ」

「味は聞いとらん。石化の力はどう使った」

「あー……普通の呪いの掛け方と変わらねえな。視線で呪える程の力は無い。眼を食っていればそう成ったかも知れんがな。だがまあ、そのお陰で石化も含めて大概の呪いは効かんよ」

「…身体の変異はあるのか」

 その問いにテオドールは一拍置いてにたりと笑う。するとテオドールの口端がどんどん開き、薄らと鱗が現れ始める。覗いた舌は細く、先端が裂けていた。

「有るぞ。この様にな」

「…やはりな。眼が変わっているからもしやとは思ったが」

「ほう」

「動物系統の呪いは眼に出る。()()()を突いてくる敵が居るかもしれないだろう」

「詳しいな。身内にでも居るか?」

「……」

 ぎり、とダライアスの眉間に皺が寄るも何も言わない。テオドールは顔を戻すと背もたれに体を預ける。

「いや、済まないな。お前、狼の名を持つ倅が居るだろう」

「!」

(おれ)の弟子がヒプノスネムが欲しいと手紙を旧知の魔女に寄越したことが有ってな。あれは強過ぎる睡眠薬になる。理由を問うたら睡狼薬を作ると言いよった。その伝手で知ったのよ」

「…待て、奴は…確かに途中から薬は要らないと手紙を寄越したが。それから薬を作っていたのが、貴様の弟子だと?」

「そうだろうな。それからは材料の請求だけになっただろう」

「……ああ…。いや、睡狼薬は、ごく限られた薬師しか作れないと聞くぞ。そこまで…」

「は、あれは銀の勲章を持って帰って来たからな。出来たのだろうさ。というかお前、倅とは何も話していないのか」

「……」

「妙だとは思ったぞ。自分の子と己の弟子が友と云うのにお前はあれを知っている素振りが無いものだから」

「…何が分かるという、貴様に」

 ダライアスの剣呑が募る。

「本物の親ではないからな。分からん事の方が遥かに多いさ。だがお前の家はそれを厭忌するだろうに、倅の名前は変わっていない。親心だろう」

「……貴様は自分の子を殺せるか?」

「殺せんよ。其れが避けられなくなる迄は殺せまい。だからあれが潰えてしまう前に第三神国を潰しに往くようにした」

「…ああ。そういう事だ。苦痛は俺が受ければ良いのだから、そうしたまでだ」

 話が逸れたな、とどちらともなく流れを戻す。

「己の事はもう良いだろう。第三神国についてはどれ程掴んでいる」

「期待はするな。戦線はこっちを見た方が早いだろう。フランスはまだ落ちていないが、ベルギーとデンマーク、ポーランドは落ちた。ベルギーの奪還作戦が進んでいるが、国境より内側の兵が妙に固い。国領結界が恐らく張られている」

「結界?内偵は送れているのか」

「一応はな。入ることはできているから流石に民族で判定しているようでもない。だがその術士は前線に出てきている様子は無い。現状確認できているのはこれらだ」

 ダライアスが出したのはそれぞれの名前と写真まで付いた精巧なプロファイルノートだ。

「枢軸はアジア圏の東部戦線とヨーロッパの西部戦線でほぼ独立している。東部戦線は現状、日本だけが連合を相手取っている状況だ。イタリアはドイツに吸収されたものと思っていい。それと、これが貴様が最も気にかかる事だろう。…貴様の弟子の所属だ」

 薄い封筒に入っていたのは紙一枚。だがその内容に、ほんの僅かにテオドールは表情を和らげた。

[竹中崇の所属部隊は極東戦線第四十七番隊である。]

「…第三神国は二十四人の「呼び名」持ちを有している。お前の弟子はそこには入っていないが、少なくとも半数は削らねばならんだろう。既に四人は討ったが」

「あと二十か。外に何人出ている」

「そこまでは分からん。フランス侵攻は一度撤退しているが、第三神国の兵は回復がかなり早い。人造兵(ホムンクルス)も混じっているだろうが、それを含めてもだ。

全員を覚えろとは言わん。名乗る時間さえ残してやれば勝手に名乗る。だが少なくとも上五人の顔とルーンは覚えろ」

「ルーン?」

「アドルフ・ハイドリヒとその直属の将は『神智二十四兵』を名乗り、それぞれルーンを一つずつ与えられている。ハイドリヒの逸話くらいは知っているだろう。オーディンの旅を果たした魔術師だ」

「ああ、知っているさ。かの神と同じく智慧を求め、泉に片目を差し出し、九日九夜首を吊り生き延びた。再び世に生まれ出でた神を、“新たなるヴォーダン”を知らぬ者は居るまい」

 皮肉に満ちた返しにダライアスの口端も歪む。ダライアスは左目を伏せてその瞼を叩くジェスチャーを送った。

「貴様は首を吊らなかったのか?」

「首を吊っても捧げる先が有ると思えたと?それに此方(こちら)はちゃんと()()入りだ」

「神に興味はなかったとみえる」

「誰があるかそんなもの。成ったらと思うと怖気立つわ」

「ほう。理由を聞いても?」

「知りたがるなあ。期待するような高説は無いぞ。単純な話だ。そんなものに成ってしまおうなら────」

 テオドールが言い放った理由に、ダライアスは一瞬面食らったように真顔になる。しかしその直後、この日で一番深い皺を眉間に刻んだ。

「貴様は俺が接した中で最も度し難い男だ」

「フッハ!信心深い返しなど己に有る筈も無かろうよ」

 ファイルを開けば件のハイドリヒ、次にグロースクロイツ、コルネリウス・アプト、ヴェアハルトと錚々たる将の名がある。しかしテオドールはそれらをざっと飛ばすと、情報を一枚抜き取る。

「先ずは此奴(こいつ)だ」

「……こいつをか?」

「ああ。上手く汲み取ってくれよ」

 どうせ国に入れば満足に喋れないのだから変わるまい、とテオドールは(わら)う。

 何をするつもりだと苦虫を噛み潰すダライアスが受け取った紙には、「G」と記されていた。


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