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終話 Frohe Weihnachten


 ユールの前にテオドールはシャリテーを退院した。とはいっても、患者でなくなったというだけでシャリテーで寝泊まりしている事に変わりはない。崇が退院を許可され黒い森(シュヴァルツヴァルト)に戻れるまで、テオドールもベルリンを出るつもりは無かった。

 テオドールに戦後処理の仕事は驚くほど回されなかった。枢軸側はドイツ帝国が、連合側はグレートブリテンが主導しあらゆるものの後始末を忙しなく行っている。女王から下されたこの「任務」は一応非公式のものであるためテオドールが問われないのは当然といえよう。しかしダライアスが頻繁にブリテンとドイツを行き来していることをテオドールは知っており、世知辛いなと傍観していた。

「……雪か」

 今日はそのユール当日だ。まだ戦争の名残はあるものの修復された建物や家々からは暖かな光が漏れている。かくいうテオドールも、崇に頼まれてメッセージカードを、ついでにクリスマスマーケットでグリューワインを買ってシャリテーに戻るところだ。

『人間は逞しいものだ。以前の戦争でもそうだったが、戦争が終わってすぐでも伝統とあればああして動くことができる』

「は、違い無い。そう在ることが出来るからこそ生きていけるのだろう」

 呆れたようにもとれる口ぶりのフレイミアだが、彼女が一番それを喜ばしく思っているのをテオドールは知っていた。精霊は妖精と異なり長く人間を見ていることが多く、フレイミアもテオドールと契約する以前、遠い昔に人々の生を見守っていた。そのため子供やその養育に関してはテオドールよりフレイミアの方がよく知っていた。

『それよりお前は気遣いがまだ足りん!何も言わないからといって欲しいものが無いという訳でないのは知っているであろう!ましてあの子が友を大切にしているのは承知の筈、言わずとも用意してやらんか!!』

「あっづ!!」

 寒さで冷えた耳の先でも熱さを知覚できる程の温度でフレイミアはテオドールの耳を抓り上げる。テオドールは言われて当然の非には素直であったので、フレイミアの説教を大人しく受けていた。

 しかしシャリテーの入口が見えてきたところでテオドールは右目を細める。近付くと、ついひと月程前に見た立派な体躯の男が柱に背を預けていた。

「……おい。まさかこんな日(ユール)まで仕事では無いだろうなダライアス。家族は如何(どう)した」

「クリスマスには帰れる。この日にこちらに来たのはたまたまだ。だが、丁度良かったな」

 ダライアスが指を鳴らすと薄いココア色の包装と光沢のある焦げ茶色のリボンでラッピングされた簡素なプレゼントが現れる。

「貴様の弟子宛てだ。渡しておいてくれ」

「…………どういう心算だ?」

「知らなかったとはいえ女性の部屋に入った詫びだ。それと、こんなもので足りるなどとは思っていないが礼でもある」

 軽く匂いを嗅いだが別段不審な匂いはしない。踵を返すダライアスのコートをテオドールは無遠慮に掴んだ。

「まあ待て。今から帰るのか?」

「そうだが」

「ならまあ、方法が違っても構わんだろう」

 グリューワインを入れた籠に崇宛ての小箱を入れ、フレイミアに預けるとテオドールは身の丈程もある杖を持つ。

「《星を繋いだ大犬(おおいぬ)よ。縁持つ者を渡らせ給え》」

 ダライアスの周囲に蒼白い燐光が集まる。遠くで犬の吠え声が聞こえた。

「Frohe weihnachten und einen guten Rutsch ins neue Jahr. (メリークリスマス、そして良い年を。) 達者に暮らせよ」

「!」

 ダライアスのコートが強くはためき、燐光が風に舞い上がるのと同時にその姿が消える。今頃はダライアスの帰る「家」の前に到着しているだろう。

 病院に戻るとユールの飾りが揺れた。崇にメッセージカードとグリューワイン、ダライアスからの贈り物を渡す。

「え?…これは?」

「あー……やたら黒くて大きい体のサンタがお前にと」

「師匠のお知り合いですか?」

「ああ。まあ、開けてみろ」

 リボンを解くと黒い液体が入ったガラス瓶が姿を現す。

「『Dylans』…!ディランズのウィンターインクだ!」

「?」

「冬にしか販売されないインクなんですよ。ディランズのインクは誕生日にウォルフが贈ってくれて、インクの中で一番好きなインクなんです。わあぁ……!」

 引き揚げてきた直後のように無感動ではなくなったものの、それでもまだ塞ぎ込むことの多かった崇が久しぶりに見せた嬉しそうな表情に反しテオドールは微妙な気分になる。

 確かに手紙や文章を書くのにインクは必需品だ。贈り物の種類としてベターなものであるのは確かで、そうした品の好みが親と子で似るのも珍しい話ではない。しかし、弟子と十年以上の付き合いがある師ではなく、会ったことすら無い赤の他人がその弟子の好みに命中するものを選び取ってみせたというのは端的に言って妬けるものだ。

(英国紳士というやつは……)

 けれどせいぜい雪が多く降れと思う程度にしておこう。やっと拝めた弟子の笑顔は、何よりも替え難いものだった。



(了)

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