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序話 薮を突いて蛇を出す


 秋が終わりかける頃だった。

 崇が古妖魔法魔術学院…【学院(アカデミー)】を卒業して、学院系列の大学の鉱石科に入ったのがその秋のこと。崇がユールには帰ると手紙を寄越した頃だった。

『我々は第三神国。神を排し、今こそゲルマン神代を再創する』

 アドルフ・ゴットフリート・ハイドリヒ。それが二度目の大戦を起こした人間だと知る頃には戦火は疾く広がった。

 しかし黒い森(シュヴァルツヴァルト)にその火は来なかった。妙な程に穏やかだった。どの都市を落としただの、どの将が死んだだの、どう攻め入っただの、何人死人が出ただの。そのような報せが載り、最後には必ず「我らの勝利は決して揺るがない。第三神国に栄光あれ。」という言葉で締め括られた新聞がどのような田舎の村にも必ず届いた。

 世界は大きく変わる。これ迄の人の歴史とは全く異なるものが興ると長年付き合ってきた勘が囁いた。宣言通りであるならば、ギリシャの神代にも攻め入るだろう。その時迄(おれ)や崇が無事ならば、己はギリシャに付いて戦うだろうと思っていた。

 憂いは唯一人の弟子だ。こちらは国に双方不干渉を提示したが己の名があれを確実に守れる保証は十全とは言い切れない。【学院】がどれ程機能しているか、学院長がどれ程の度量なのかも不透明だが、委ねるしかない。今己が下手に動けば崩れるものは大いにあるし、その自覚はある。この機に乗じて己に屈辱を晴らしたい輩に塩を贈ってやる道理はなく、ならば己は「動くかもしれない」と思わせておく他崇を守れる手段は無かった。



 冬を越え、春が過ぎ、夏が俯いて秋が吹き曝した頃。肌寒く、カタカタと風に震える窓に冬篭りの支度を急かされるようになった朝のこと。朝から喧しく戸を叩く奴が居た。

 勢いはあるが力は弱い。女か。噂の秘密警察(ゲシュタポ)ではないと判断して戸を開く。

戸を叩いていたのは隣町の魔女だった。名をイリーナという。己と同じく旧い時代から存在している魔女だ。

「どうした。秘密警察にでも家を占拠されたか」

「っ──何呑気な事を言っているの!!これを見なさい!!」

 胸に一撃を打ち込まんばかりの強さでその手に持っていた新聞を押し付けられる。此奴(こいつ)とはそれなりに付き合いがあるが、こうも取り乱しているのは久方振りに見る。一体何事だと見出しを開いたその時、己の頭は一切が停止した。

[“魔精殺し(ブリシム)”の戦線投入が決定]

[昨日、ハイドリヒ総統閣下は神国軍に新たなる特記戦力を獲得したと公表した。障害を打ち払うものとして参戦を承諾──]

 気付けば新聞は灰色の薄い石となっていた。力を入れればたちまち崩れ、粉々になって玄関に散らばる。

「どうするの、テオドール。こんな…こんなことにあの子を……」

「そうか、そうか。あの愚物共はそう(まで)して殺して欲しいか」

 イリーナが何かを言っていた気がするが耳に入らない。あれを戦地へ出した者共への怒りだけがあった。

「っ、テオドール…?あなた、どこに行くつもり!?」

「なあイリーナ、崇を戦地に出して最も喜んだのは誰だと思う」

「……軍のやつらじゃないの?」

「違うな。其奴(そいつ)等は『これから』なのだろうが、今誰よりも喜んでいるのは軍では無い」

 イリーナが息を詰める音がした。気付いたイリーナに止められるよりも早く箒を呼び、その上に立つ。

「約束破りがいるのさ。己も随分舐められたものだ」

 全ての生徒を平等に、などとよく言ったものだ。結局【学院】は第三神国を恐ろしがったのだ。崇を差し出せば己が怒るのは当然だと忘れたのか、話せば如何(どう)にかなると高を括っているのか。中立機関を名乗るなど笑わせる。先ずはお前達からだ。

「止めてくれるなよイリーナ。己は何時まで経っても()()だ」

 箒に魔力を与え一気に空を飛ぶ。太陽だけが煌々と輝いていた。


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