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第八話 “テュール”


『始めるぞ』

 通信機からそう聞こえた一拍後に男の断末魔が聞こえた。ダライアスは溜め息をつく。

 内側と外側で同時に組織の中枢集団を削り、本命に向かう。なるほど実に合理的な殲滅ルートだ。常なら遂行不可能という点を除けば。

 だが悲しいかな、テオドールという男にはそれができる。生粋の軍人であるダライアスには頭の痛い戦略だった。

 とはいえ泣き言は許されない。拘泥している暇は無い。ましてやそんな隙が許される戦場などあるはずも無く。

「好き勝手してくれるな……全く……」

 ダライアスは銃を抜く。隠密状態を解き、本部に向かって正面から歩を進める。

「あ、あいつは!?」

「誰だ貴様!名乗れ!!」

 テオドールは内側。ならダライアスが外側でする事は決まっている。

「“灰銃(グレイ)”」

「──ッ!!!貴様、【討伐隊】の!!」

 本部正面の広場はパニックに包まれた。親衛隊が抜刀し撃鉄を起こす。瞬時にダライアスの二つの銃がその額を撃ち抜いたが、それを回避した将校がダライアスに向かってきた。

「負け犬のくせに正面から来たなんて見上げた根性じゃねえか!」

「美味い酒が飲めそうだ……」

 痩身で四白眼の男は鞭を振り抜き地面を叩く。瞬間炎が燃え上がり、倍以上の長さの炎の鞭に姿を変える。

 一方ダライアス以上の体格を持つ男は己の拳を突き合わせると、その肉体がメリメリと音を立てて変化していく。ギラリと夕陽の残滓を反射する角と、筋骨隆々とした四肢。巨大な雄牛へと変貌を遂げた。

「俺は神智二十四兵、“紅蓮の蛇”!!」

「“心臓破り(ブルストシュラーゲン)”とは俺の事だ!覚えて死ねェ!!」

「総員、立て!“(フェオ)”のルーンの下に集え!」

 “(フェオ)”と叫んだ男──秘密警察及び親衛隊を率いるテンツラーが手に持った青白い雫石を掲げると倒れたはずの兵士が何事も無かったかのように復帰する。撃たれた銃痕は全て塞がり、死霊魔術による復活とは異なりはっきりと正気を宿した足取りで向かってくる。

 “紅蓮の蛇”ことゲルト・ゾルゲは炎の鞭を振り、打った地面から炎を生み出し瞬く間に炎の海が広がる。それに伴い炎の鞭は長さを増していき、ダライアスの長銃を絡め取ると力任せに振り投げる。

 ダライアスが絡む炎を消し着地すると、そこを狙って雄牛に変身したランブレヒト・ケラーが突進し、ダライアスはまともにそれを受けた。

 周りの兵も撥ね飛ばしケラーはアパルトメントの壁にダライアスを押し付け、パラパラと壁の欠片が散る。しかし粉塵が晴れたその時、ケラーは違和感を感じ取った。

 ()()()()()()。いや、まさか。受け身をとる暇もなく、衝撃で押し潰したのは間違いないはず──。

 しかしその時、はっきりとした感触があった。大きな力で角が押し返されている。ケラーは尚のこと力を込めるがその「間」は広がっていくばかりだ。

「な!!??」

「……こんなものか。ただの『変身』だけか?」

「っ!!!!」

 ケラーの角を押し返し、ダライアスは短銃の銃身でその角を弾いた。

「チッ!!だがそのお綺麗な銃はもう使えねぇな!見ろよ、無残に曲がって…」

「……おい。バカ、ちゃんと狙えよ!()()()()()()()()()()()()()!!」

「はあ!?」

 二人は目を丸くする。ダライアスの短銃は細やかな装飾が施された銃で、そういったものは耐久性など二の次というものなのだが──ダライアスの、【討伐隊】の短銃(イヴリン)は違う。雄牛の突進を受け止めても、襲い来る兵士を銃身で打ち払っても、その銃身は曲がるどころか傷一つ付いていない。

「「彼女」は堅いぞ。それすら知らんのか」

 わらわらと復活する兵士ををあしらいダライアスは間合いを詰める。長銃で四発、短銃で一発放ち、それぞれの四肢と右手を貫く。

「ぎっ…!!」

「っざ…けんな!!この程度…。……?どうしてだ…!?どうして治らねぇ!!」

「おいテンツラー!てめぇ無駄に兵士に魔力配ってんじゃねえよ!寄越しやがれ!」

 四肢を吹き飛ばされ達磨となったケラーとピンポイントで鞭を握る指を撃ち抜かれたゾルゲが喚く。だがその時、二人の背中から巨大な「斬撃」が襲いかかった。

「がッ……!!」

「な……に……!?」

 ダライアスは斬撃が飛んできた方向を見据え距離を離す。視線の先ではテンツラーが、色の抜けた雫石を掲げ立ち尽くしていた。

「あ………あ………」

 その胸から真っ赤なものが飛び抜けている。「それ」が後ろへ引き抜かれると、テンツラーは倒れた。

 テンツラーの後ろに立っていた男をダライアスはじっと見据える。男が神智二十四兵であることは問うまでもない事実だが、斃れた三人とは明らかに纏う空気が異なっている。

「魔力が止められたに決まってんだろ、カス共が」

 間合いは十二分にあるが、ダライアスの肌にひりつく空気が触れる。例えるなら、どこまでも続く荒野をあてもなく、水を探してさ迷うような空気だ。

「情けねえ。あの方に選ばれた神智二十四兵がこのザマか。…“F”かよ。使えねぇな。お前も結局そいつらと同じ程度か」

 男は引きずり出した「心臓」を握り潰して捨てる。粘着質に濡れた手をテンツラーの外套で拭い、顔を上げる。

「それもこれも──てめぇらのせいだろ?ダライアス・グレイズさんよぉ」

「……。……貴様、「ジーヴァニッヒ」に覚えはあるか」

 呆れたように眉間に皺を寄せた男は一転、その地名に片眉を吊り上げた。

「ああ──流石はお貴族様、耳聰いなぁ。けれどその呼び名はもう古い。俺にはあの方に与えられた無二の呼び名がある。

俺は“テュール”。テュール神の(ルーン)を与えられた男、ヴォルフガング・メルヒオール・ヴェアハルトだ!!」

 ダライアスが放った銃弾とヴェアハルトの爪がかち合う。常人ならば爪が割れる剥がれる程度では済まないものだが、ダライアスは銃弾が完全に弾き返され軌道を変えこちらに飛んでくるのを捉えた。

 ヴェアハルトの爪は異形のものに変形していた。猛禽類に近いものを窺わせる獰猛な爪と、鱗で覆われた腕。

(ドラゴン)か」

 幻術ではないのか、など、何故竜の腕を、など、見当外れな動揺などダライアスは見せない。どうしてかを知る術はないが、目の前の男は竜の肉体を取り込み己のものとしている。何より現実離れしているのは、ヴェアハルト は「人間」の身体を維持していることだった。

 この世界には種の違いがあると共に、それらは「格」の違いで上下順番に振り分けられ、それは別種の遺伝子を取り込んだ時にどちらが優性となるかで判断できる。竜種は人間より数段「上」の種とされ、人間は竜種の遺伝子を埋め込むと竜の身体その一部を得ることもあるが、いずれ全身が竜の紛い物となってしまう。反面、竜に人間の遺伝子を埋め込んでも人間の身体は発現しない。

 つまり、ヴェアハルトのような「腕だけを任意で竜のものにする」人間は存在しないはずなのだ。取り込んで日が浅い、という可能性は先の攻防で潰えた。そもそも、ヴェアハルトの『竜の爪』は大戦の黎明期から確認されている。彼の戦果は強力な「腕」があったから成しえた、などという浅いものではないのは明らかだ。

(……まさか。『内象』でどうにかしているのか?)

 人間であれば誰もが持つ、己の精神。明晰夢の世界とも呼ばれるものが魔力世界では『内象』と呼ばれる。魔力世界の人間は己の精神世界である『内象』を知覚し、その精神性が強ければ強いほどそれを「現実」に起こすことがある。

 理論上、『内象』を現実に起こす行為…『内象顕界』に「不可能」はない。精神が強ければ強いほどその力は際限が無く、無限であると云われる。今目の前に存在する、種の「格」における現象を無視するという行為は、それに準ずる力があってこそ成し得るものだ。

「…おい。てめぇも名乗れよ。戦の作法も知らねぇか」

「戦?…貴様はこれが戦だと?」

 あからさまに不機嫌な声にダライアスは同じように眉を顰める。

 同胞を見捨て、殺し、戦場に立ったヴェアハルト。

 連合国一つを見殺しにし、敵の補給を断ち、間者も同然の行為をしてきたダライアス。

ダライアスは「(いくさ)」などとは思えなかった。祖国の為にと大義を伴い、不必要な戦いを敢えて行うべく正面からやってきたのは間違いないというのに、「戦」などと呼べるものか。

「戦に決まってんだろ。分かってんだろ、これは『世界』の戦いだ!!あの方が神の国を再創するか!人間(サル)共がそれを止めるか!最後の瀬戸際じゃねえか、そうだろう!!卑下するなよ、ダライアス!お前は間違いなく『敵』だ!『将』だ!!」


 さあ、さあ、さあ、さあ!!


 闘気が、戦意が渦を巻く。仕合え、死合えと魔力が沸き立つ。

 良いだろう。ダライアスは明確に、()()()()に興じる姿勢を見せた。

「討伐軍第二師団中将、グレイズ家第五十三代当主。我が名は“灰銃(グレイ)”!!ダライアス・グレイズ!!」

「いい響きだ──簡単に死んでくれるなよ!!」

 ヴェアハルトが叫ぶ。周囲の被害もお構い無しに斬撃が八方に飛び、そのひとつがダライアスを正面から狙う。ダライアスはそれを銃身で弾いたが、その体は後方へ勢いよく飛ばされる。

 靴に仕込んだ魔法陣を発動し、ダライアスは空を蹴り空中で体勢を変える。しかしその一瞬は動かぬ的となったダライアスを再び斬撃が襲う。

 だがダライアスは冷静に長銃をリロードした。

「《重複(モルト)》」

 魔力弾が放たれる。戦艦のマストをへし折る弾が斬撃とぶつかり霧散する。

 一発だけならこの一撃は無意味だ。燃え盛る炎に水を一滴ばかり零すだけの行為に等しい。

 だがそれが複数放たれたとしたら?

「──何だ、これは」

 ヴェアハルトの視界を銃弾が覆う。ガトリング砲、否、それ以上の数が「一度」に降り注ぐ。斬撃は数多の銃弾に相殺され、そうしても尚あり余る銃撃が降り注ぐ。

「ッチ!!」

 ヴェアハルトは転身し己の皮膚を竜の表皮に変える。が、注視し続けていたにも関わらずその一瞬の間に空中からダライアスの姿は消え、避けた方向に姿を現す。やはり先程のように、今度は短銃も組み合わせて銃弾が撃ち込まれる。

 避ける方向を読み、即座に回り込み、逃がすことなく徹底的に退路を潰し追い詰める。まさしく『狩人』、噂に(たが)わない実力だ。

 だがそれだけだ。一瞬で撃ち込まれる銃撃は脅威ではあるが、現状決め手にはならない。

「じゃあ次はこっちの番だよなぁ…」

「!」

 連撃の応酬を続けていたヴェアハルトは突如後退した。ダライアスは追撃を仕掛けようとしたが、その頬を風が斬る。

 ヴェアハルトの爪に竜の闘気が風を伴い収束している。手のひらに浮かぶ球状の魔力は煉瓦を易々と切り裂く風を放出し、全てを切り裂かんと勢いを増す。

「俺はまだ耐えてるぜ。次はてめぇが耐えてみろ!!『竜爪の風傷ヴィントホーゼ・ドラッヘ』!!!」

 魔力球が握り潰された瞬間、C4に匹敵する衝撃がダライアス一人に叩き込まれた。石畳が次々と切り裂かれ、割れ、宙を舞う。

「《硬化(ガード)》」

 時間は刹那の瞬間しかなかったが、ダライアスには十分だった。

 長銃を持つ左腕を硬化し、衝撃を受け止める。まともに喰らえば最低でも四肢は吹き飛ぶだろう。そして確実に分かるのは、普通に四肢が飛ぶ以上の激痛を伴うということ。

 敵兵を蹂躙し、戦意を砕く。実に効率的な戦い方だ。──だが。その程度で、ダライアスが折れる筈もない。

 既にまともに受け止めている以上、大規模な裂傷は免れないだろう。正解は避けることだがダライアスはそれをしなかった。これ以上民間人を無駄に巻き込み死なせるわけにはいかないからだ。

「──《迎撃する》!!!」

 ダライアスが吼えた。その時、ヴェアハルトの首を斬撃が掠る。

「……おいおい」

 ヴェアハルトを掠めた斬撃が本部の二階、その角に直撃する。瞬間、内側から台風が起こったかのように暴発した。

「お前、大分人間の範疇すぎてんな。俺の『爪』を喰らってどこも吹っ飛んでない人間なんてお前が初めてだぜ?」

「…………ゲホッ」

 ダライアスの口から血が溢れ出す。滴る血と共に肩から討伐隊の外套がずり落ちる。

 裂傷数多。真赤に裂けた胸郭に(あばら)が見え、砕けた骨が血に混ざって流れ出る。左手は衝撃と熱量に鉄と癒着し、骨や肉がひしゃげ血の色に区別がつかない。

 どう見ても死に体、満身創痍。だがそれでも立っていた。

「タネは何だよ?『重複』も、さっきのカウンターもただの魔法の範疇じゃねえな?…いいね、最高だ」

 まるで整えている様子のない銀髪の間から土気色の目がぎらぎらとダライアスを見詰める。

「もうその腕は使いものにならねぇ。どのみちもうここで死ぬがな。だから寄越せよ、ダライアス。お前の血も、肉も、内象も、全部食ってやるさ」

「…………ほざけ。“ジーヴァニッヒの食人鬼”」


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