とりあえず一緒に
本日もよろしくお願いします。
夕食のために食堂に向かっている。聞こえてくるのは、陽気な鼻歌……。
いや、私ではない。
ここのところ、お兄様は忙しいらしく、ほとんどお顔を合わせることがなかった。そんなお兄様が一緒に夕食をとられると聞いて、喜び勇んで向かっている……かと言うとそうでもない。
なぜならそれは、私の右肩にちゃっかり座っているライのせいだ。
そう、あれからライは宣言どおり、ストランド邸に訪れては私と行動を共にしている。どうやらライは本当に、私以外の人には見えていないようだった。とは言っても、私には、はっきり見えている以上、どうしても冷や冷やしてしまうのだが。
とにかく遠慮なくやってくるライ。最初の頃は、相手は妖精さんですから少しは大切にしましょう、という気持ちもなくはなかった。だが、今では微塵もない。
今日も私が家庭教師の先生と政治・経済のお勉強をしていると、ひょっこりライが現れた。先生はファティマ国辺境の北の森について、隣国との境であり、防衛の要であると説明されている最中である。
「でも、先生。あそこの森は、そんなに難攻不落なのでしょうか」
「何を言っているのです、マリー嬢。あの森は、魔素も濃く、魔獣の住処と化しているのです。そんな所に兵を進めようものなら、あっと言う間に魔獣の餌食にされてしまいますよ。あの森は、いわば天然の要塞なのです」
「はぁ。でも、魔獣がいるとされているのは森の奥だけではないのですか。手前の方には、美しい泉もありましたし、素敵なお花も群生してましたけど」
「それは、ほんの手前の部分だけの話です。あの森は広大で、少しでも分け入れば魔獣の巣窟だと言われているのです。一流の魔術師が束になれば、討伐出来ないことはないでしょうが。喜ばしいことに、隣国には大した魔術師はおりませんよ」
「そうですか……。それなら安心ですね」
力説する先生をこれ以上、刺激するのも面倒だったので、心にもない相槌を打つ。あんな素敵な森なのに、実は怖いところだったのねと、ごにょごにょ、こぼす。
机に寝転んでいたライが、興味深そうな目でこちらを見た。
ようやく今日の勉強が終わった。
だというのに……まだ付きまとっているライに声をかけた。
「それで、ライは帰らないの? どこに帰るのかも、よく知らないけど」
「何か言い方が冷たいなぁ。マリーは、もうちょっと一緒にいたいとかないの」
「は? ライと一緒にいて何のメリットがあるって言うのよ」
「メリットねぇ。この前、外国語の授業の時、答えを教えてあげたじゃないか」
「うっ、まぁ、そんなこともあったわね。でもあれは、うっかり忘れただけだし。とにかく今日はお兄様と一緒に夕食なんだから、さっさと帰って」
「ヴィーも一緒なのか。ふーん。なら、僕も行く」
「なんで? それに、また、お兄様のこと、勝手に愛称呼びしてるっ」
「今日のメニューは何かなぁ」
ライとの不毛なやり取りの後の食堂。お兄様の隣の席についた私だが、肩にいるライが気になって仕方がない。それでも、お腹は空いてるわけで、前菜のお皿にあった生ハムを口に運ぶ。
「僕も食べたいなぁ」
「えっ、妖精って物を食べるの」
「どうなんだろ? 僕は食べるけど」
「……」
仕方なく、小さく切った野菜を、同じく小さく切った生ハムで巻いて、お皿の端においた。
「へぇ、マリーは優しいねぇ。好きだよ」
「いいから、さっさと食べなさいよ」
ライは私の肩口からパタパタと飛んでいくと、野菜の巻かれた生ハムに嬉々としてかじりついて、もぐもぐしている。さすがに、妖精サイズのカトラリーはないから、かじりつくしかないとは言え……。この姿、何ともきゅんとする。
いやいや、絆されている場合ではなかった。
「マリー、随分と細かく切ってるみたいだけど、サラダは嫌いだったっけ」
突然、お兄様が話しかけてきて、ギクッとする。さすが、お兄様、よく見ていらっしゃる。その無駄な観察眼。今だけは恨めしいです……。
でも、ライの事は見えていないみたいだ。よしっ。
「いえ、サラダは好きです。お兄様。ただ、ナイフとフォークの限界を試しているんです」
取り澄まして答える私に、ライがお皿の脇で、お腹を抱えて笑っている。
「そう、なの? まぁ、無理のないようにね。最近、独り言が多いって、ケイトも心配していたし」
「……ありがとうございます。悩み事が出来た時は、お兄様に一番に相談しますわ」
「うん、そうして。マリーのためなら、いつでも時間は作るから」
ライが笑い転げて、テーブルから落ちていった。
ふん。ライめぇ。
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